ゆでレタスクラブ

Vol.3 : 2018年1月

広告が読み飛ばされる雑誌は、意味がない

往復書簡形式で雑誌の可能性を考える「ゆでレタスクラブ」。『ハンケイ500m』の円城新子編集長が、『レタスクラブ』の松田紀子編集長からの質問に答えます。

レタスクラブ 松田紀子さま(今号から”のんちゃん”でいきます)

底冷えが厳しい京都の冬が到来しました。10月に、のんちゃんと詩仙堂に行ったときは、いちばんいい季節でしたね。二人で歩いた一乗寺、八大神社までの道のりはあたたかく、どこまでも京都を案内できるような気になっておりました。

あの夢のような気候とは一変し、京都は極寒です。千代田区富士見のビルで奮闘するのんちゃんは、どんな冬を感じているのでしょうか。そんなことを考えながら、書いております。

さて、「クライアントさんの思いに応えるためにどういう努力をしているか」。

前回いただいた質問について、考えておりました。この質問の前提として、フリーマガジンにおける「広告」は読者が楽しく読めるコンテンツでなければならない、という弊社のアイデンティティがあります。

唯一の収入源である広告が、読み飛ばされるのは本末転倒ではないかと。そしてその目線と作業は、特集ページの構築となんら変わらず、驚くほどに読者の反応に跳ね返ります。

日本酒メーカーと取り組んだ酒と和菓子のコラボ、京土産メーカーの写真ポエム、靴のインソールやスポーツジムのモニター体験記、B to B企業の理念を投影するような職人紹介……。

「地場のクライアントさんと、がっぷり組んで」と、のんちゃんが前回指摘してくれた通り、まさにクライアントとハンケイ500mの共同作業で、読者が興味を持って読みたくなるページを企画しています。

なので、努力とはつまり、雑誌の編集者としての努力に他なりません。いま、弊社の場合、ターゲット層の地元読者に不足している情報は何か、紹介すべき人は誰か、を考え抜き、そのために外へ出て自分の足でリサーチし、地元京都で多くの人と知り合い、出会うこと。

それをクライアントのPRしたい商品やサービスの情報と組み合わせ、最良のコンテンツに仕上げる。そのページは他にはない「オリジナルな価値」として、説得性を持たせて発信したい、そう思っています。

「餅は餅屋」と言いますが、クライアントさんは自社の事業やものづくりのプロです。だったら上述したようなことは、まさに私たち編集者の仕事。それを邁進することがまさに私たちの努力の見せ所だと考えています。

手間がかかっても、私たちの取材は大人数です。カメラマン、ライター、編集者の最低3人、多ければディレクションも加わります。現場で驚かれることもありますが、これはスタッフ全員で京都の情報を共有し、全員が京都のリサーチャーとなりたいからです。

地元の人でも知らないことを見つけて、新しい価値として多くの人に発信したい。そう思っています。

のんちゃん、最近のレタスクラブにはコミックエッセイが入り、お料理だけじゃなくて、その「お料理せねば世代」が読みたくなる記事が たくさん入ってますね。この工夫でどんどん面白くなっています。これはある意味、雑誌の可能性を感じます。

のんちゃんの思う雑誌の面白さってなんですか? 今、既存の他誌の動きで注目している雑誌はありますか? のんちゃんのことだからそれをレタスクラブに取り入れようとしていると思うけれど、それはどんなエッセンスを抜き出していますか? 読者とどんな関係性になるように工夫していますか?

知りたいです!!!

円城新子

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