ここに骨埋める覚悟で風呂屋やっとります、ちくりんです。
僕は銭湯が好きです。大黒湯を継ぐまで毎日銭湯に行っていました。風呂掃除も好きです。子供の頃から家の風呂を掃除するのは僕の仕事でした。お客さんと話すのも大好きです。常連さんとたわいのない話をするのも、旅行者の一見さんにどこから来はったのか聞くのも楽しいです。風呂が好きで、風呂掃除が好きで、人と話すのも好きで、おまけに長時間の肉体労働にも難なく耐えうる無尽蔵の体力を備えた僕にとって、風呂屋はどう考えても天職と言えます。ネックがあるとすればただひとつ、それは長期休暇が取れないこと。
風呂屋の先輩達はみな口を揃えて「家族旅行の思い出がない」と言わはります。風呂屋に休みはない、そういうものだと思っていましたし、それも覚悟の上で大黒湯を継がせていただいたつもりです。去年の夏も本当は仲間と隠岐島をチャリで巡る予定を半年前から立てていたのですが、一日でも早い大黒湯の営業再開のために泣く泣く断念しました。それまで他のどんな予定より、進級よりもチャリ旅を優先してきた僕にとって、これは相当に凄いことです。
これまで散々チャリで自由気ままに日本中走り回らせてもらったし、そろそろ落ち着いて、腰を据えて風呂屋として生きていこう。そう腹を決めたはずだったんですが、、、
結局また旅に出てしまいました!!風呂屋一年目の若造が生意気に夏休みを満喫してしまいすみません!!めっちゃ楽しかったです!!!!
きっかけは7月。バイトのシフト表を眺めていると、やたらシフト希望の多い日がかたまった部分が。シフトを組んでくれているスタッフに「この辺の俺の休み、繋げられる?」と相談したところ、追加募集をかけて見事に繋げてくれ、4連休をいただいて数年ぶりに田舎に帰ることができたのです。
まず名古屋の実家へ、とその前に名古屋駅から歩いて銭湯へ。ひとっぷろ浴びたのち、実家へ向かって歩きながら今度は父親を呼び出して一緒に近所に新しくできたサウナ施設KIWAMIサウナさんへ。サウナの中で蒸されながら家族の話をたくさんしました。とてもいい時間でした。やっぱいいもんですね、裸の付き合いってのは。
実家に帰って寝るだけ寝て、翌朝起きて母方の祖父祖母の下へ。その前に名古屋駅近くのサウナモンキーさんへ。一番角の特等席っぽいとこに座っていたら、スピーカーから流れるサルたちの喚き声と共に換気口だと思っていた真向かいのダクトからとてつもない熱風を吹き付けられ、両の乳首を火傷しました。みなさんお気をつけあれ。

乳首を冷ましながらバスで40分。母方の祖父母に会うのは数年ぶり。自分の近況を話し、「進むべき道を見つけました」と伝えて来ました。実はこの翌日に祖父が亡くなりまして。最後に顔を見ることができてよかったです。休みを作ってくれた大黒湯のみんなに感謝。
その日のうちに今度は電車で3時間かけて父方の祖母の住む飛騨古川へ行きました。映画『君の名は。』にも登場した、白壁土蔵とそれに沿って流れる瀬戸川が美しい街です。
昔から飛騨のばあちゃんの家に帰ったらやることはひとつ。それは風呂の大掃除。壁も天井も隅から隅まで、引き戸も全て外してレールも戸車も徹底的にピカピカにします。高校生くらいまでは毎年帰省する度におばあちゃんの家の風呂を半日かけて掃除したものでした。そうか俺は昔から風呂掃除が好きだったんだなあ。
他にも畑の草むしりを手伝ったり、墓参りがてら墓石を磨いたりと、ばっちりばあちゃん孝行をこなして来ました。喜んでもらえて良かった良かった。

3日ぶりに大黒湯に戻り、何の心配もしていませんでしたが、いつも通りいい風呂が沸いているのを全身で確認してほっと一安心。
同時に気づいてしまったのです。これ、もう俺がいなくても店回るぞと。
翌月、シフト表にしれっと1週間ちょっとの穴を空けて提出してみました。通ってしまいました。
燃料や瓶牛乳の発注など、僕しか把握していなかった業務の引き継ぎを済ませ、いざ夏休みへ!!
まずは自転車を電車に積んで金沢へ。結局前日の夜中から朝まで風呂掃除を手伝って、昼過ぎまで寝てから荷造りに取り掛かったため金沢に着く頃にはもう日が落ちかけていましたが、これは毎度のこと。想定の範囲内。焦ることなく最も効率的な動線を弾き出し、金沢在住のフォロワーにおすすめしていただいた寿司屋を挟みつつ、3軒の銭湯を巡らせていただきました。石川といえば銭湯。実は京都のお風呂屋さんの8割近くが石川出身の方と言われております。大黒湯の先代もご出身は石川です。産業の乏しかった北陸から関西へ出てきて風呂屋を始め、成功したら親戚を呼び暖簾分けするというのが流行っていたと聞いたことがありますが、詳しくは僕もあまり知りません。どなたかご存知の方いらっしゃいましたら情報提供願います。

翌朝金沢駅の鼓門で相方と合流し、ここから5日間かけてチャリで能登半島を一周して来ました。海岸沿いを一通り走らせてもらいましたが、震災から2年半経ってもなお、ところどころ道路が崩れたままになっていたり、マンホールが飛び出ていたり、標識が大きく傾いたままだったりと、復興にはまだまだ時間がかかりそうでした。

泊まりたかったキャンプ場も被災して封鎖されており、せっかくクソ重てえキャンプギアを積んでったにも関わらずテン泊できたのは一度だけ。おかげで男二人でなんでこんなええとこ泊まらなあかんねんというような素敵な旅館に泊まらせていただき、なんで男と二人で朝からこんな小鉢ばっかよーけ食わなあかんねんという豪勢な朝食をいただく羽目に。だが!それでいい!!今回俺たちは被災した能登に金を落としに来たんや!!っつーわけでいつも大黒湯のお客さんからいただいてばかりなのでたまにはこちらからもということで、能登土産を買いまくり、海鮮をたらふく食い漁って来たりましたわ!!

しかしやはりどこへ行っても震災の影響がまだまだ残る能登。その厳しい現実をこの目に焼き付けるために今回敢えて旅先に選んだつもりではありましたが、いつか行こうと思ってGoogleマップにピンを打っていたお店が跡形もなくなっていたり、現在進行形で解体中の建物を見たりと、とにかく空き地だらけで人のいない町をいざ目の当たりにするともの悲しい気持ちに襲われました。

そんな能登でいち早く営業を再開し、行政の支援を受けながら市民に無料でお風呂を開放して、毎日何百人ものお風呂難民を救い続けた銭湯があります。
奥能登は珠洲市の海浜あみだ湯さん。実はうちと同じように若い方が継業された銭湯であり、これは是非とも入りに行かねば!!ということで、ちょうど開店時刻に珠洲に着くように帳尻を合わせ、たどり着いてみるとまさかの休業。震災の影響とかではなく、普通に定休日でした。
しまった、、、なんつー初歩的なミスを、、、いつもチャリ旅をするときは何ヶ月も前から綿密に計画を立てていたんですが、今回ばっかりは時間がなかったもので、、、残念!いつかまた来ます!!

お目当ての銭湯には行けなかったものの、各地で温泉にも入り、美味い飯と自然を堪能した最高の5日間でした。

店番してくれたスタッフのみんな!おおきに!
能登から郵送しておいた土産と土産話を披露してやろうとルンルンで大黒湯に帰ると、
外壁が塗り替えられていました。なっ………..!?!?

めっちゃええかんじになっとるやんけ、、、、、、そこまでしろとは言ってないぜお前ら!!
やられた!!全く優秀なスタッフたちに恵まれたもんよ!!
いやあ、しかしおかげで本当に良いリフレッシュができました。
それでは仕事に戻りますか、、、と、見せかけて、、、
翌朝7時に再び出発!!

そう、ようやく能登から帰って来たかと思えば、この店主、翌朝には旅立ちやがったのです……….!!!! うるせえ!!瀬戸内が俺を呼んでんだい!!
連載は、、、、、帰ったら書く!!
俺の夏休みはまだ終わらないぜ!!
P.S.
昨年一緒に隠岐島を巡るはずだったチャリ旅仲間と合流し、2泊3日でキャンプしながら瀬戸内海の島々を走って来ました。とっても楽しかったです。
