いい箸は箸先で決まる
竹や木の箸が壁一面に飾られた「京都おはし工房」の店内は、まるで博物館のようだ。「まずは使ってみてください」。店主の北村隆充さんに促されるままに箸を手にしたところ、小さなゴマの粒も難なくつまめてしまう。使う箸の違いでこうも変わるのか。編集部にとって目から鱗が落ちる体験だった。
北村さんが営むのは、オーダーメイドの箸専門店だ。工房も兼ねた店ではお客さんとの対話ののち、それぞれの好みに合った箸を北村さんが誂える。
北村さんの箸との出会いは偶然だ。高校の部活の先輩からの誘いで、老舗の箸専門店でアルバイトを始めた。家庭的な職場の雰囲気が居心地よかった。美大で美術を本格的に学ぶことも視野にあったが、箸専門店への就職を決めた。
シャープな箸先は手仕事だからこそ。米粒もきれいにつまむことができる。
喜んでもらえる箸を販売したくて独立
18歳で就職してからは販売員として百貨店の催事で全国を回った。知識や経験が増えるにつれて、製造と販売の分業に違和感を感じることが増えた。
かつて「今使っているのと同じ箸を作って欲しい」という依頼を客から受けた
ことがある。見本の箸を職人に渡したにもかかわらず、後日、客の手元に届いた箸は見本とはかけ離れたものだった。残念そうな客の顔は今も忘れられない。
「頑固な職人の独りよがりな、悪い部分が出てしまった失敗でした。販売員の自分には箸を渡して謝るしかできず、もどかしかったです」。
それだけではない。市販品として流通する箸のなかに、どんな塗料を塗っているのかよくわからないものや、使用する木材が判然としないものも見かけた。
「きちんとした製品を、お客さんに喜んでもらえる形で販売したい」と悩んだ北村さんは、仕事のかたわらひとり、箸の制作に取り組むようになった。自ら仕入れた木を削り出し、漆を塗った。美大への進学を考えたほど手先が器用な北村さん、帰宅しては箸づくりに没頭した。
素材によって重さや触感もさまざま。箸選びは、壁一面に飾られた素材の説明書きとサンプルの箸を参考にしながら。
箸も自然の一部 探究心を生かした箸作り
箸の老舗で定年まで勤め上げる目標を取り下げて、独立を決めたのは31歳のときだ。
「もともと自然が好きで、とことん探究する性分。たとえば、高級箸に使われる樹の黒檀は、なんと4種以上もある。竹も種類豊富で、それぞれに特質があります。箸作りはそんな探究心を満たしてくれます」。
自然が残る御室仁和寺に工房を構えて21年。52歳の今も「ものづくりにはゴールがない」と北村さんは探求を続ける。
北村さんに優れた箸の条件を聞くと、「箸先で決まります」。角度の揃った箸は余分な力を逃さず、少ない力でも軽々とつまめる。また、先端が細いことで口当たりがよくなり、料理もおいしく感じる。
使い手と向き合う、職人の思いが宿った箸。一生の道具としてそばに置いておきたくなる。
完成までは現在、4ヶ月待ち。(上から)鮮やかな紅色の深紅木箸12,000円~、繊細な木目が美しい鉄刀木箸9,000円~、希少な柿の古木を使用した黒柿箸30,000円~。
京都 おはし工房
TEL
075-464-3303
ACCESS
京都市右京区花園天授ヶ岡町16-5
特集バス停
御室仁和寺
営業時間
10時~17時
定休日
月・木