そばのイメージを変えたい
座席はカウンターの8席。コンパクトなキッチンで次々と料理を仕上げていくのは、店主の「かべちゃん」こと日下部龍太さんだ。黒板にはその時々の食材を使った自由闊達なメニューが並び、全国の地酒を数多く揃える。一見、ごく普通のカウンター居酒屋にも思えるが、居酒屋にはないものがある。それが、客席から独立したそば打ちスペースだ。
「ササッとそばだけ食べて帰っても、そばを食べなくてもいい。バー使いも歓迎
です」と、気負いのない日下部さん。十割そばは製粉から手掛けるのに、そばが威張っていない店。それが「kabe家」だ。
香りと歯切れ、そば本来の味わいが堪能できる通好みのもりそば1,010円(奥)。海苔の香りとわさびの風味を楽しむ温そば、花まき蕎麦1,500円(右)。
働く目的を自らに問い、40歳を過ぎて脱サラを決意
思い返せば食の英才教育を受けて育ってきた。美食家の祖父と庶民派の父に連れられて、うまいものを食べ歩いた。食いしん坊の18歳がアルバイト先に選んだのは飲食店。メニュー開発にも携わり、一店舗の運営を任されるまでになった。
飲食の仕事は楽しかったが「もっと違う世界で社会経験を積みたい」と、22歳で精密機械業界に就職、休日には料理を楽しみ、信州でそば屋を回るなど、「食への探求心」は尽きなかった。
サラリーマンのかたわら、「いつかそば屋をやりたいな」とぼんやりとした思いを持ち続けた。40歳となり、人生に残された時間を数えたとき、「自分は何のために働くのか? 楽しく生きるために、仕事をしていたい」と強く自覚する。漢然とした「そば屋」という夢が、にわかに現実味を帯びた瞬間だった。
そばのイメージを変えて、新しいスタイルを提案する
あらためて十割そばの研究から始めた。日下部さんが重視するのは「のどこし、歯切れ、香り、甘み」と、そばとつゆの「バランス」。納得できるそばが完成するのに要したのは丸1年。2016年、「kabe家」はオープンの日を迎えた。44歳のときだ。
「そばといえば『粋な年配男性が好む』。そんなイメージを変えたかったんです」。
いわゆる板わさなど、典型的な蕎麦屋の酒肴にはこだわらず、自分がおいしいと思うお酒に合う和洋のメニューをたくさん揃えた。繁華街を避けて、住宅も多い御室仁和寺近くに、出店を決めた。
開店8年、仕事帰りだろうか、一人でふらりと訪れる客が多い。カウンターの日下部さんは「居合わせた客同士、自然と会話が始まるような和気藹々(わきあいあい)とした雰囲気」をうれしく思いながら、黙々と料理をつくり、客の話に相槌を打つ。
そして、そばへの情熱は変わらない。「そば打ちが楽しい」と話す日下部さんは、毎日開店前にそばを打つ。手の平でそばの状態を確かめ、対話するように………。
客は「kabe家」の料理や酒、カウンターでのなにげない会話に癒されにくる。そして日下部さん自身も、そば打ちやお客さんとのコミュニケーションによって、人生を楽しんでいるのだろう。
kabe家
TEL
075-465-5070
ACCESS
京都市右京区御室堅町25-21
特集バス停
御室仁和寺
営業時間
12時~14時L.O. 18時~22時半L.O.
定休日
月、不定休