井村美術館の館長コラム
まだ二十歳そこそこの学生の時、父親の代行でいきなりロンドンのオークションに飛び込み、右も左もわからないながら現場で学んでいきました。丁稚から修業を積み、暖簾分けしてもらう徒弟制度の日本型美術商と違い、私は異陽児、世界のオークションでなにも気負わず、いきなりトップディーラーと競りあってきました。今思えば、それが各国の重鎮に認知され、ヨーロッパ型の美術商を志すきっかけになったのかもしれません。ヨーロッパ型の美術商は日本にはほとんど存在しないのです。
古物を買って売るのが日本の美術商のスタンス。それこそ掛軸も茶道具も絵もガラスもなんでも扱います。それに対して、ヨーロッパ型はひとつのものを買い続けて研究を深め、自らが専門書の執筆までも行います。自分が極めるカテゴリーがはっきりしているんです。
というのも、ヨーロッパのオークションはパブリックなので誰でも参加ができます。プロもアマも一堂に会して、落札表(いくらで買われたか原価もわかる)も白日のもとにさらされるのです。ヨーロッパにおける美術商はアマチュアとは違った、より専門的な知識が必要となります。そのため研究をし続け、その美術作品に対する正当な価値を世の中に伝える役目を果たしています。
ヨーロッパの美術商に学ぶ
物のクオリティーを見抜く審美眼
たとえばイギリスの骨董街では、レースを専門に扱う店があり、一見、普通のおばさんが営んでいるようにみえます。実は、その女性はレース研究の第一人者で、レースに関する本を執筆している、というような事例も多く、その店の専門性が非常に秀でています。
それに比べて、日本は、古物の会には誰でも入れるわけではありません。入るためには、他者からの推薦を必要とし、その中でも年功序列がはっきりしているため、特別な雰囲気があるのです。プロが利益を守るシステムが確立されているため研究を重要視せず、また、一方で目立つ新興業者は入会が難しいのが事実です。よくパルスプラザで開催される大骨董市など、掘り出し物、と謳っていますが、多くのプロが目を通したものを置いているだけなので、そんなに大きな掘り出し物はありません。日本はあくまで、プロとアマチュアの線引きがはっきりされています。
歴史に埋もれ忘れ去られた逸品
ジャポニズムのバカラと出逢う
80年代半ば、日本が空前のワインブームに湧いている頃、パリでワイングラスを物色していたときに、私はジャポニズムのバカラと運命的な出逢いをしたのです。当時は空前のガレ、ドームのブームの最中、偶然にも私が手にした、そのジャポニズムの黒いクリスタルは、1878年製のオールドバカラでした。
慶応3年(1867年)のパリ万博に、日本が初参加したことで、ヨーロッパ中にジャポニズム旋風が巻き起こります。そして次のパリ万博(1878年)では、会場はジャポニズム一色。この間に製作されたバカラ社のものは、日本の影響を色濃く受けています。そしてその博覧会でバカラはグランプリを獲得。もともと王侯貴族たちに愛用されていたバカラは、より高い地位を確立するのです。
私がパリでオールドバカラと出会った当時を振り返ると、150年前の万博の時に一世を風靡し、大変高価だった一揃えのグラスが、5万円ほどのアンティークとして埋もれていました。現代のバカラは数百万円もするのに、オールドバカラの作品は、世の中から忘れ去られ、見向きもされない。バカラの美術館でもジャポニズム時代の作品は重要視していませんでした。
しかし、だれも良いと言わないモノの本質を見抜いて価値を見出し、表舞台に戻すことが美術商の仕事です。すでに認められている美術品には興味がありません。私はジャポニズムのバカラを徹底的に蒐集しました。ところが古い時代のバカラにはサインがないのです。サインも鑑定書もないということは、専門知識のない百貨店では取り扱うことは難しかった。
この後、ヨーロッパ型美術商としての手腕が問われる問題に直面するのです。(井村談)
※井村氏は、ブラックバカラに出会ったとき、絶対に同型の透明のものがあると確信。10年以上経て、透明の作品を手にする。現代では難しい技術の高さが集約され、バカラ社が、自社の歴史を買い戻したいと懇願するほど稀なる名品。
井村 欣裕
PROFILE
大学時代より百数十回ヨーロッパに足を運び、数万点にものぼる美術品を買付け、美術界の表裏を現場で学んできた。美術品を見極めるだけではなく、その名品がたどってきた歴史背景をも汲み取る。現在でも週に約2万点の美術品を鑑定する。
井村美術館
江戸時代、ヨーロッパに散逸した古伊万里・柿右衛門・薩摩焼などの名品を収集し研究を重ね、日本に里帰りさせる道を拓く。近代今右衛門、柿右衛門研究の第一人者であり、さらにガレ、ドーム、オールドバカラ、オールドマイセン、幕末明治期の伊万里焼の逸品を扱う。「作家がもっとも情熱をかたむけた時の作品しか扱っていない。なかでも作家の心が在るものだけを置いています。いいものをわかってもらおうと思ったら、その作家の最も良い作品を観ていただくのが一番いい」という審美眼のもと蒐集品を公開。
TEL
075-722-3300
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定休日
水