飲み屋は酒を売るところと違う
「60歳になったら飲み屋をやると聞いてはいたけど、男の浪漫(ろまん)だと思っていたので驚きました」とは、妻の佐由美(さゆみ)さん。病気の後遺症で言葉があまり話せない夫の傍らで、店のこれまでを語ってくれた。 店主の名は相馬光(そうま・りこう)さん。「留年含む」8年間の学生時代に河原町通にあった「治外法権」の2階でバー「赤ずきん」の学生オーナーになる。一般企業に就職するも脳梗塞に見舞われ、退職を機に予定よりも20年早く店を始めた。場所は古巣の木屋町と決めていた。
あの名物看板の誕生秘話
「退職後に『店をやる話は本当だったの!?』って驚きました。私は正月と祭の時しかお酒を飲まない家で育ったので『お酒を売るなんて』と言うと、利光さんは『飲み屋は酒を売るところと違う』って。『じゃあ、何を売るん?』って聞いたら『やったらわかる』と言われて」。 屋号の由来にもなった2002年の如月に開店。かつての「赤ずきん」同様、大好きなフォークソングを流す音楽バーだ。しかし「たかせ会館」の2階の最深部という場所もあって、訪問客はほぼゼロ。それから10ヶ月が経とうとしていたある日のこと、店名と共にあるコピーを書いた1枚の紙をビルの入り口に張り出したことが大きな転機となった。
利光さんがいらなくなったカレンダーの裏に、何の気なしに書いた「今日は朝まで中島みゆき かけてます」というフレーズ。すると不思議なことに2日後に一見さんがひとり、1週間後にまたひとり。バーの扉を開ける一見さんの人数は日に日に増えていった。
音楽と酒場を愛する心にハンディは関係ない
利光さんにフォーク歌手のなかでも中島みゆきを推す理由を聞くと、「毎日聴くなら中島みゆき。陽水はしんどい」と笑う。好きな楽曲は「ホームにて」だ。「お客さんの6割ぐらいは中島みゆきのファンですけど、ファンじゃない人も大歓迎です。私たちがかけた曲に反応して喜んでもらえると嬉しい」。 実は、利光さんは脳梗塞を6回もしているが、「嘆いたことは一度もないんですよ」と佐由美さん。生活ぶりはむしろ健常者よりもアクティブ。毎夜の木屋町パトロールが利光さんの日課だ。大体ひと晩に5、6軒。酒を飲みにというよりも、店の空気感を味わうために。
「今は『やったらわかる』の意味が、すごくよくわかります」と佐由美さん。 壁と天井を埋め尽くさんばかりの写真には来店した客たちの姿が収められている。皆揃って、えぇ顔をしている。酒場の真価は酒ではない、のだ。 開店から17年。「理想の店には近付きましたか?」という問いに、「もう、完成」と嬉しそうに答える利光さん。 そんな利光さんには夢がある。沖縄で3席のみの2号店をオープンすることだ。流れる曲はもちろん、中島みゆきで。
BAR きさらぎ
TEL
075-211-3372
ACCESS
京都市中京区西木屋町通四条上ル紙屋町367 たかせ会館2F
特集バス停
四条京阪前
営業時間
18時〜24時頃
定休日
月曜