これまで教わったことを大切に
「ふじい」は祇園の路地奥にある、カウンター7席のみの小さな料理店だ。藤井博人さんが振る舞うのはフランスとイタリアの西洋料理。現在62歳。(取材当時)34年前に独立して以来、このスタイルを貫いてきた。
真の料理人を目指して渡欧 日本も海外も「結局は人次第」
藤井さんが料理に興味を持ったきっかけは、京都ホテルに勤めていた祖父だ。小学生の頃、祖父に手を引かれていろんなホテルの厨房を見学した。そのときもらった焼き立てクッキーの味が忘れられず、料理人は藤井少年の憧れになった。
高校卒業後は某ホテルに就職。3年で退職したあとは、個人経営の横浜のフレンチレストランで働いた。ホテルの料理とは違う個別の「おもてなし」に魅了された。なにからなにまで、一からの学び直し。基本のソース作りもここでマスターした。
京都に戻り、料理を学びにフランス渡航の準備を始めたが、コネのない日本人の就労は難しいとわかる。「イタリアなら店を紹介できるよ」という、京都のイタリアンの名店「ディボ・ディバ」の先輩シェフの助け舟に乗って、イタリアに渡った。
イタリア料理の専門店はまだ珍しかった時代。藤井さんも経験はなく、研修を経て、言葉もわからないままにイタリアのローマで数軒の厨房に身を置いた。武者修行をして1年。パスタの絶妙な塩加減に感動すると同時に、市販のブイヨンを使う店も少なくないことに落胆した。
「イタリアでわかったのは、国が変わってもいい店はいいし、悪い店は悪い。自分はちゃんとしないといけない。でないと、ここに来た意味がない」。
「料理人」として生きる。あらためて決意した瞬間だった。
先人が遺した料理をこれからも守っていく
帰国後、28歳で独立。手書きのメニューブックにはフレンチとイタリアン共に完成された定番の料理、すなわちスタンダードが並ぶ。季節によって使う食材は変わるが、創作料理はひと皿もない。その理由を藤井さんはこう話す。
「伝統的な料理はその取り合わせが一番おいしいから残っているんです。新しい味を創作する人はいっぱいいるけど、残ってないってことはおいしくなかったから。僕は、これまで厨房で教わったことを大切に作っていきたいね」。
振り返れば、勤めてきた店のシェフも伝統を重視するタイプの人ばかりだった。ふじいの名物のひとつにローマのリストランテ「アル・フレード」で学んだバターとチーズのパスタがある。手打ちパスタにバターとチーズを絡めただけの品なのだが、一縷(いちる)の隙もない完成された味わいに驚いた。なるほど、長い時間のなかで磨かれた王道料理の前では、創作は無力に等しい。
おいしい料理を提供するのが料理人の本質であり、喜びだ。藤井さんは根っからの料理人だ。そんなことを思いながら、あっという間に空になった皿を眺めた。
西洋料理家 ふじい
TEL
075-561-3301(要予約)
ACCESS
京都市東山区祇園町北側347-161 祥朋ビル1F
最寄りバス停
祇園
営業時間
16時~22時 L.O.
定休日
水・不定休