井村美術館の館長コラム

菊尽くし文茶盌
径:12.3cm 高:9.7cm
19世紀
パリ万国博覧会は1855年から始まり、1947年の間に9回開催され、中でもベルエポックを象徴するのは1867年、1878年、1889年、1900年開催と言えます。
ナポレオン皇帝が、フランスの繁栄を示すために催されたという慶応3年(1867年)の博覧会に、日本ははじめて出品、ヨーロッパで高く評価され、世界を魅了しました。
そうなると、日本は次に開催されるパリ万博(1978年)で欧米席捲を目指すべく、さらに凝った作品制作に走ります。その頂点が薩摩焼や七宝焼を中心とした超絶技巧です。
私がヨーロッパのマーケットを歩いていていると、世界がジャポニズムで沸いた往時を実感します。そして薩摩焼は5年、10年かけて制作された精巧で高価なものから、それこそ安価なものまで、実に幅広く見つけることができます。明治初期、日本の工芸は七宝も漆も京都の銀細工もどれも凄かったのですが、薩摩焼が特に珍重されていたことがわかります。

菊尽くし文茶盌
径:12.3cm 高:9.7cm
制作年代:19世紀
薩摩焼のここが凄い! 【絵付け】 気品漂う金彩の妙手
普通の焼き物は、「金彩」を使っても薩摩焼ほどボコボコした立体感がでません。絵は平面ですが、薩摩焼ではそれをなんとか立体にしたいと試みるわけです。しかし、金を塗り重ねると高くつくので、下地に赤や違う色をまず置いて、その上に金を重ねます。金も一度では盛り上がらないので、二度三度塗ります。そしてその都度、窯に入れる。
鹿児島で江戸中期から続く薩摩焼の名窯である沈壽官さんの話を聞くと、そうやって10回以上も窯に入っているそうです。1回絵付けして窯に入れるだけでも凄いのに、それを何度も繰り返している。
立体にしたかった理由は、高級感がでるから。欧米を魅了し特に手をかけて作られた薩摩焼は、やはり重厚感があって、逆に安価なものは、よく見ると薄っぺらい。
さらに、絵付けの線が細く、熟練の妙手が手掛けたものは線が巧いのです。
あれほどの豪華絢爛なのに、イヤミがない。それというのも時間をかけると、物はかならず落ち着く、だから金綺羅金(きんきらきん)でないのです。
薩摩焼のここが凄い! 【点打ち】 焼物は表面(おもて)だけ見ていては駄目
薩摩焼の特徴といわれる点打ち、これが空間を余すことなく見事に効果を出しています。
昨今の日本の焼き物は、表にだけ絵が描いてあって、裏はなにもない真っ白なものが、画廊にいけばいっぱいあります。それに対して、日本趣味(ジャポニズム)の薩摩焼は、精いっぱい描いていて、白地を残さない。
薩摩で作られた焼き物には大きく分けて白薩摩、黒薩摩があります。もとはあまり絵付けのない地味な焼き物でした。湯香みやお茶碗、絵付けのない実用的なものというイメージでしょうか。
ところが、万博でグランプリを獲るぞと目標を立てた時点から、作風を一変させます。そして京都(京焼)の技術導入を図り、また外国人は何を好むかを徹底的に研究してきたものが、この薩摩焼です。当時の概念からは型破りもいいところ。もとより、薩摩はヨーロッパに一番近い窓口でしたから、情報や交易に敏感な土地柄です。なにより島津家の力が甚大だと思います。
パリ万博を機に、世界中が薩摩焼に注目します。到底、生産が間に合いません。そこで成形、素地まで薩摩で行い、絵付けを地方に発注します。京都、大阪、神戸、九谷、横浜、東京と、焼き物で絵付けの上手い産地に請け負わせます。さすがに京都はレベルが高い。なかでも花を描くのが綺麗で秀逸。やはり染織のデザインからきている土壌です。最も技術力が高いのが大阪です。藪明山(やぶめいざん)は、大阪の中之島に薩摩焼の絵付け工房を開き、沈壽官の素地に絵付けをした陶画家です。大阪の絵付けは、人物を描くのを得意としていました。
さて、私が20代ではじめて買い付けて以来、15年間で3000個薩摩焼を逆輸入した話は、次号に続きます。(井村談)

井村 欣裕
PROFILE
大学時代より百数十回ヨーロッパに足を運び、数万点にものぼる美術品を買付け、美術界の表裏を現場で学んできた。美術品を見極めるだけではなく、その名品がたどってきた歴史背景をも汲み取る。現在でも週に約2万点の美術品を鑑定する。
井村美術館
江戸時代、ヨーロッパに散逸した古伊万里・柿右衛門・薩摩焼などの名品を収集し研究を重ね、日本に里帰りさせる道を拓く。近代今右衛門、柿右衛門研究の第一人者であり、さらにガレ、ドーム、オールドバカラ、オールドマイセン、幕末明治期の伊万里焼の逸品を扱う。「作家がもっとも情熱をかたむけた時の作品しか扱っていない。なかでも作家の心が在るものだけを置いています。いいものをわかってもらおうと思ったら、その作家の最も良い作品を観ていただくのが一番いい」という審美眼のもと蒐集品を公開。
TEL
075-722-3300
ACCESS
京都市左京区下鴨松原町29
最寄りバス停
糺ノ森
営業時間
10時~18時半
定休日
水