小面は本当の美人
能面をつくる梅原如山(うめはら・にょざん)さんは1939年生まれの80歳。祖父から大工で下鴨の実家には木材が多くあり、その端材で鳥の巣箱を作る手先の器用な少年だった。能面師を本格的に志したのは20代後半という。なんとその前は京都市の消防士をしていた。米寿(べいじゅ)とは思えぬがっちりとした体躯に、当時の面影が残る。
消防士を辞め、能面師の道に
古典芸能が好きな親戚の影響もあり、伝統工芸には前々から興味があった。
「はじめて触れた能面は20代前半の消防士のとき、カルチャーセンターで伯父が作った『小面(こおもて)』でした。決して上手ではない作品でしたが、伯父の意外な才能に驚きましたね」。
小面とは10代の初々しい少女の能面のこと。室町時代、龍右衛門(たつえもん)作の「雪の小面」が古典の名品として知られる。
「おもしろそう」、能面を作りはじめたのは、とてもシンプルな動機からだった。当時はまだ消防士だったが、完成した小面を能楽師に見せたことから、人生が動き出した。「勢いのある面やな」。その言葉に背中を押され、さらにのめり込んだ。それから4年ほどで辞職。出世頭だったというのもあり、周囲の人たちからは反対の大合唱、応援してくれたのは妻の富子さんだけだった。でも、退職してからでは遅い。意志は固く、能面づくりの道に進みたい、という思いは決して揺るがなかった。
それからというものの、取り憑かれたように今までやってきた。「超特急だったね」と振り返る。能面は貸し出しが主流で収入にはならないため、塾を開いた。最も多い頃の生徒数はなんと100名ほど。日本人だけでなく、来日の際に必ず訪れるドイツ人の塾生もいた。
あどけない少女
小面に魅せられて
面の種類はおよそ60種。一通り作ったが、「能面は女面が命」と言い切る。なかでも思い入れがあるのが前述の小面だ。如山さんは小面に魅せられ、今なお理想の面を追い続けている。
「あどけない少女、小面は本当の美人だから。その面らしさを大切にしています。古典に忠実でないといけない。作家性を出すと、それはもう小面じゃない」。
目の長さや墨の入れ方、たった0.1ミリで、能面の印象がガラリと変わる。「特に口元が難しい。美人の女性に会うと、顔ばかりみてしまいます。リアルな人間の表情が参考になるので」。
よく無表情な人を能面顔と呼ぶが、それはまったく違う、と如山さん。能面には表情がある。能面をつけて舞う能楽師を、生かすも殺すも面次第だ。80歳の如山さん、自己評価は甘くない。
「ある程度は進歩しているかな。でも、まだ道半ば。一生現役でいたい。刃物を持てなくなったときが、やめるとき」。観る者にそっと語りかけてくるような面。終わりなき道を、これらからも歩く。
能面塾 如山会
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