コーヒー1杯で長居する客を大切に
部活から帰宅すると、入り口そばにある小さなテーブル席に座り、週刊ジャンプを読みながら母の作った定食を食べる。それが、少年のいつもの日課だった。2代目店主の苗村健史さんにとって、四条通沿いにある「喫茶フロント」は生まれ育った実家でもある。
この場所をなくしたくない
若くしてマスターに
「喫茶フロント」は苗村さんの両親がはじめた店で、創業当初は洋食店。50年前に喫茶店に鞍替えした。苗村さんは堀川高校卒業後、料理の専門学校に進むが、当時は喫茶店を継ぐ気持ちはなかった。
卒業後は、すらりとした長身を生かして、モデルをしていた時期もある。「一定の評価はいただいたのですが、23歳でキッパリ引退しました」。思い残しはない。そうして、料理の道に進んだ。
その後はサービスを経て、亀岡のイタリア料理店「チンギアーレ」の厨房に入った。しかし1年ほど経った頃だ。体調を崩した母が「店を閉める」と言い出した。父は早世(そうせい)し、当時、苗村さんの母がひとりで喫茶店を切り盛りしていたのだ。
そのとき苗村さんは、将来的に実家を改装するか、実家を売って別の地でイタリア料理店を始めることを検討していた。
「すごく悩みました。でもその時は、いま出せる自分の料理で独立する自信がなかった。さらに、喫茶フロントを売ってまで、別の店をやりたくならなかったんです。この店をなくしたくなかった」。
苗村さん自身にとって、喫茶フロントは、安心してくつろげる特別な場所。常連さんに交じって、少年ジャンプを読んでいた少年時代から変わらない、この空間を、失いたくなかったのだ。そうして、予定よりも早く、苗村さんは26歳で喫茶店を継ぐことになった。
長年続く喫茶店には理由あり
今も思い出す、母の言葉
代替わりから20年。早いもので46歳になった。メニューの大半が変わったが、思い出の日替わり定食は、ベースはそのままに改良を重ねた。大人気のプリンをはじめ、スイーツもすべて自作する。昨年から営業時間を変更して夕方オープンの「夜喫茶」に。それでも客足は減るどころか増えるばかりという。
高1のとき、コーヒー1杯で長居する客を見かねて、母に文句を言ったことがある。すると母はこう答えた。
「それは、いい店だと思ってくれている証拠。そういう人は誰かを連れて来てくれるから、大事にしないといけない」。
当時は理解できなかったが、40代後半となった今はその意味がよくわかる。
「今も日に日に、お客さんが増えていく感覚があります。母の言葉は正しいと思う。だからバイトの子にも『長居するお客様を大事にね』って伝えています」。
長年続く喫茶店には、理由がある。誰もがリラックスして過ごせる喫茶店という場所をこれからも守っていく。それが2代目である苗村さんの使命だ。
喫茶FRONT
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