「私の代の、タルトタタン」
経験と分析で、タルトタタンの味を守り続ける。
高齢のおばあちゃんに代わり、孫の若林麻耶さんが店を継いで6年。おばあちゃんの味として有名なタルトタタンは、かつては祖母である松永ユリさんが一人で焼いていた時は、1日2台しか作れなかった。2人以上で来店しても1切れしか注文できず、”幻の味”と言われていたこともある。「おばあちゃんがやってたときの方がよかったと言う人もいるけど、私は私。味を守っていくためには、まずは店を成り立たせなければ」。そう決意し、麻那さんと若いスタッフが、日々厨房で山のようなリンゴと格闘しつつ、その味を守り続けている。
店を復活させ、タルトタタンを残すために。
店はもともと’71年に祖父母が始めたフランス料理店だった。おばあちゃんが旅先のフランスで初めて食べたタルトタタンの味を再現し、店で出し始めたのもこの頃から。80年代になり、麻耶さんが生まれる少し前からは喫茶店として営業。おばあちゃんが90歳を超え、店を続けるのが難しくなったとき、店内は老朽化していた。「これだけのもの (タルトタタン)があるのに、店が衰退していくのが悔しかった」。東京の美術系大学でデザインや商業空間を学んでいた摩耶さんが卒業する時期と重なり、継ぐというよりも運命的な流れで店をやることになったという。
リンゴを追究、味を分析。一年の味の変化を楽しんで。
「ここはケーキ屋さんではないし、私はパティシエでもない。でもタタンの味は守りたかった」と言う麻耶さんはリンゴや作り方の研究に余念がない。「バターと砂糖とリンゴだけで煮詰めていくのがタタン。きっとタタンに合うリンゴがある」と産地にこだわり、煮崩れしにくいフジを使用する。「リンゴを煮る間、初めはずっと火を止めずに作っていたんです。でもうまくいかなくて」。そう悩んでいたある時、煮物でもちょっと火を止めると美味しくなるのに気づき、意図的に何回か火を止めてみたという。「すると思うように味が馴染んだんです。そういえば、おばあちゃんは店に客が来ると、無意識によく鍋の火を止めていました」。鍋が並ぶいくつものコンロを次々に見回り、重なるリンゴをめくっては焼け具合を確かめる。おばあちゃんに習うことはなく、レシピも無い。でも幼い頃からここでタタン作りはずっと見てきた。「経験でもわかるけど、数を作るなら、ある程度分析も必要」と語る麻耶さん。素質と努力を兼ね備えたまさに職人である。
タルトタタンは、リンゴが旬の時期に必ず美味しいわけではない。「リンゴによって味は変わるし、1つのものが年中同じ味じゃない。その違いを楽しんでほしい」のだそう。さらに、国内のリンゴの消費量が減り、産地で捨てられる大量のリンゴのことも気にかけ、「京都のように、タルトタタンを出す店が違う場所でも増えればいいな」と考えている。京部で世代を超えて受け継がれるラ・ヴァチュールの味が、リンゴの産地にまで広がっていく日も近いかもしれない。
ラ・ヴァチュール
TEL
075-751-0591
ACCESS
京都市左京区聖護院円頓美町47-5
最寄りバス停
小松原児童公園前
営業時間
11時~18時
定休日
月