生地の改良ばかりで新作が出ません。
金網の上の揚げたてのドーナツを、真顔の大人が、じっと待っている。しゃれた外見、草食動物の店名に反して、客の欲望は獰猛(どうもう)なオオカミだ。
ほっかほかの輪っかが出てくるやいなや、舌なめずりしたオオカミたちの指示に従って、店員のトングがドーナツを高速で袋におさめていく。ふっくら、ずっしり。戦利品をぶらさげて、店を出るオオカミたちはうれしそうに笑った。
小学生の夢をかなえてパンからドーナツへ
大のオトナをオオカミに変身させてしまう、魅惑のドーナツ。作り手は、ひつじ店主の下村高浩(たかひろ)さんだ。山科出身、小学校の通学路にあったパン屋のおっちゃんの人柄に心ひかれた。小学1年の作文で「将来の夢はパン屋」と書いた。
洛北高校卒業後、辻調理師専門学校でパンづくりを学んだ。大阪での修行を経て、2002年、26歳で荒神口に「hohoemi(ほほえみ)」を開店。メディアにも取り上げられ人気が出たが、10年後の2012年に惜しまれながら閉店した。
「最初は『hohoemi』と『ひつじ』の両方を経営したかったけれど、やってみたら無理でした。パン屋は自分以外にもいるけれど、ドーナツ屋はほとんどいません。自分の気持ちを優先させました」。
私生活では、高校2年からつきあって結婚した愛妻、友紀子さんとのあいだに、3児がいる。子どもたちが覚えやすいように、ひつじと命名した。
酵母によるものづくり
ひたすらに生地改良
ベーキングパウダーを使うケーキドーナツや卵を多用するフレンチドーナツに対し、下村さんがつくるのは、イーストドーナツ。ライ麦から起こしたルヴァン種とレーズンの自家製酵母に、イーストを少々加え、生地をふくらませる。
「パンからドーナツになりましたが、酵母を使ったものづくりは、一生続けていくでしょうね。生地づくりは思うようにいかないのがおもしろい。僕の代表作と呼べるドーナツは、まだありません」。
下村さんは、同じドーナツを一日のうちに数回に分けて、こまめに揚げる。最高の状態で提供したい思いがある。
「店をやっている限り、どうしても人間にとって都合のいいタイミングで揚げることになる。できるだけ酵母の都合で揚げたいから、生地に修正を重ねて、理想を追求しています」。
下村さんは営業日、朝6時から21時まで休憩なしで厨房に立つ。定休日は生地の改良にあてる。ひつじに新作がなかなか登場しないのは、既存のドーナツの生地改良に忙しいからだ。
「今年の8月は、1か月店を休みますが、バカンスに行くわけではありませんよ。厨房にこもって、試作の予定です」。
大人をしてオオカミに変身せしめるひつじのドーナツは、ひたむきな探求心から生まれる。好きなことに情熱を傾ける下村さんの姿は、すがすがしい。
ひつじ
TEL
075-221-6534
ACCESS
京都市中京区富小路夷川上ル大炊町355-1 1F
最寄りバス停
裁判所前
営業時間
11時半~18時
定休日
日・月・火・水・不定休