井村美術館の館長コラム
美術工芸品に携わるなかで、モノを通して歴史を鑑みると、モノが生まれる背景には、必ずそれを求める買い手がいるということを思い知ります。
ラグジュアリーブランドのバカラも、250年という歴史の中で、クリスタルだけにとどまっておらず「人が求めるのなら」と、違う分野にも食指を伸ばしていきます。焼物に手を出すのですが、技術力の難度、コスト面で見合うか否か、時代の要請に敏感に反応し、世界から工芸ブームがフェイドアウトしていくと、本業のクリスタルに戻るのです。
ひとりの作家だと30年がせいぜいですが、バカラ然り、柿右衛門然り、歴史をまたいで営々とつづく美術品を世界の時点と併せてみていくと、実におもしろい。
40年ほど前、江戸期の柿右衛門を買い付けに、父とイギリスへ赴いた時、マーケットで相場よりも安い価格の柿右衛門のお皿を見つけ、購入しました。少しおかしいなとは思うものの、当時はまだ本物の柿右衛門について情報が乏しく、日本人の美術商も初体験に近い状態でした。なにしろ、柿右衛門はヨーロッパの王様への貢物ですから、眼に触れる機会がなくて判断がつかない。案の定、それは柿右衛門を精巧に真似たシャンティイ窯の作品だったのです。
18世紀、ドイツのマイセンに始まり、フランスのシャンティイ窯、イギリスのチェルシー窯など、多くの工房で柿右衛門を真似た作品が制作され、それらが市場に出ていたのです。
王候貴族向けにわずかに作陶されたシャンティイの柿右衛門風磁器
シャンティイとは、1725年にアンリ・コンデ公の命を受けて出来た軟質磁器の窯です。パリから北へ40kmほど行ったシャンティイ城のところに工房が築かれました。ヨーロッパが日本ブームに沸き、王様や貴族が、垂涎の的であった柿右衛門を求めていた時代に、精巧に真似た柿右衛門風磁器が作陶されたのです。ちなみに、シャンティイの工房があったところを「rue de Japon」日本通りと呼んだほど、日本モノへの憧憬がすごかったのです。
気鋭の陶磁器職人を召し抱え、はじめは柿右衛門の写し、そして中期にはマイセン風磁器を作陶していきます。王侯貴族の特権枠を越え、フランス革命という時流に乗って新たにお金持ちの有産階級を顧客としたはしりです。その後、シャンティイは当時の窯のディレクターが職人を連れて転籍し、急激に衰退。19世紀中頃には姿を消します。
土をみて、重さを感じて釉の肌艶、形状、色目でホンモノを見究める
ある時、インターネットオークションで柿右衛門を見つけました。1000万は下らない名品が、あまりに安く売りに出されています。写真で見るかぎりには、見事な彩色、ホンモノに見えます。私はすぐに落札しました。しかしそれは、精巧に真似られたシャンティイの柿右衛門写しでした。

年代:1735年~1750年
ブロンズの台座が付いていることで、底の土色を見ることができません。私たちは、まず釉薬のかかっていない底の土を見ます。有田の土か、ヨーロッパの土かで判断が利きます。そして重さ、ネットオークションの盲点は、実際の重さがわからないことです。さらにうわぐすり釉の肌ツヤ、色目を見るのです。
さて、落札した柿右衛門の台座を外してみたら、底にシャンティイの印章(ラッパのマーク)があったのです。
柿右衛門の写しは、ホンモノの10分の1の値打ちです。

作品名:乳白手 梅菊文角瓶

作品名:鶉牡丹図花器
よほど柿右衛門を研究したなと感心しますが、よく見ると、面取り、エッジの取り方が似ていても、どこか緩い。轆轤の技術はヨーロッパ人には無理なので、四面貼合わせで、形成力がない。
時代を経て、1900年に作られたバカラのフラワーベースにシャンティイの写しがあります。シノワズリ(※)の部屋に飾ってあった多くの名品が世界大戦で割れ、19世紀に柿右衛門のホンモノを目にすることができなくなった。そしてシャンティイの柿右衛門が見本になって写されたのです。美術工芸品を見るにつけ、歴史が生々しく語りかけてくるのです。(井村談)
※シノワズリ 中国風の美術工芸品。また、それらを珍重する、中国趣味。

井村 欣裕
PROFILE
大学時代より百数十回ヨーロッパに足を運び、数万点にものぼる美術品を買付け、美術界の表裏を現場で学んできた。美術品を見極めるだけではなく、その名品がたどってきた歴史背景をも汲み取る。現在でも週に約2万点の美術品を鑑定する。
井村美術館
江戸時代、ヨーロッパに散逸した古伊万里・柿右衛門・薩摩焼などの名品を収集し研究を重ね、日本に里帰りさせる道を拓く。近代今右衛門、柿右衛門研究の第一人者であり、さらにガレ、ドーム、オールドバカラ、オールドマイセン、幕末明治期の伊万里焼の逸品を扱う。「作家がもっとも情熱をかたむけた時の作品しか扱っていない。なかでも作家の心が在るものだけを置いています。いいものをわかってもらおうと思ったら、その作家の最も良い作品を観ていただくのが一番いい」という審美眼のもと蒐集品を公開。
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