「明日は何を作ろう」と寝る前に考える
老舗のようなたたずまい、「そば定食」とある暖簾をくぐると、奥には茶室が。不思議に思って聞くと、店の主は数寄屋造(すきやづく)り職人。驚きはこれだけではない。
運ばれてきたそば定食。手打ちの二八そばもさることながら、おばんざいの味わいに感嘆した。薄味ながらも物足りなさはなく、深い滋味(じみ)に舌が、そして体が喜んでいるのがわかる。
子ども3人の専業主婦から「給食のおばちゃん」に
すさかべ庵は植野栄子さんと信廣さんの夫婦が営む店だ。そば打ちの担当は、数寄屋造り職人でもある夫の信廣さん。そして、滋味深いおばんざいをつくるのは植野栄子さんだ。
里の幸に恵まれた京都北部の雲ヶ畑(くもがはた)で生まれ育った栄子さん。親戚が多く、夏休みには15人、正月には30人といった大人数が集まるのが当たり前だった。栄子さんは幼いときから料理が大好きで、自宅の畑で採れた野菜を天ぷらにして、弟とおやつにしていたのは思い出深い。
栄子さんは19歳で奈良の夜間学校を卒業した後は祇園の「十二段屋」に住み込みで働き、調理師免許を取得した。
「結婚して辞めてからはずっと専業主婦だったんですけど、子供3人を預けていた紫野保育園から声をかけられて給食調理員になったんです」。
食育に熱心な園長のもと、「給食のおばちゃん」として、毎日およそ140人分の給食を作った。大変な重労働だが、大家族が集まる家に育った栄子さんは、一度に大量に作ることに慣れていた。
「実家では、おせちの黒豆もお煮しめも重箱いっぱい。カレーだって大鍋。今思えば、あの頃から給食のおばちゃんをしてたんやね」。
栄子さんは34歳から定年後のパートを入れて27年間、61歳まで働き上げた。
野菜をたくさん使った
体にいい料理を提供したい
夫が始めた店を手伝うようになったのは10年前。62歳からの挑戦だった。信廣さんのそばと栄子さんのおばんさい、夫婦の得意分野を生かした名物の定食はそうして誕生した。
深い滋味に驚いたと、味の印象を栄子さんに話すと、納得したような表情で、「ここでも保育園の給食みたいな料理を作っています。その方が体にいいから」。
塩やしょうゆに頼らず、だしを効かせることで素材の味を引き出したおばんざい、その主役は野菜だ、大半が滋賀の守山にある自家菜園で獲れたものだ。
若い客も珍しくない。なかには「野菜の補給に」と毎週必ず訪れる常連もいる。
「体力は落ちたけど、お客さんがおいしいと言ってくれるのがうれしい。収穫された野菜を見て、『明日は何を作ろう』と、毎晩寝る前に考えるのが楽しいです」。
保育園での給食づくりの仕事を離れても、食べ手の健康を願う心は変わらない。今は大人の私たちのために、栄子さんは料理をこさえる。
すさかべ庵
TEL
090-9216-7251
ACCESS
京都市上京区西上善寺町207
最寄りバス停
上七軒
営業時間
11時半~14時半L.O
定休日
水・木