照明は家族の喜怒哀楽を照らす
京都市動物園の西の通りで、チョークで大書された「昭和のあかり、あり〼」の黒板を見たことがある人は多いだろう。
今回、かの町家に足を踏み入れて驚いた。明治から昭和初期にかけての照明が天井一面にびっしりと吊り提げられている。電気をつけたそのインパクトたるや、黒澤明監督の映画『赤ひげ』の風鈴のシーンを彷彿(ほうふつ)とさせる。
照明器具の専門店・タチバナ商会の主は佐藤成正(しげまさ)さん。大正時代に曽祖父が立ち上げた照明店を引き継ぐ。
帰国してわかった
「日本の古いもの」の魅力
「店に入ってきたお客さんが『こんな照明、おばあちゃんの家にあったよ』ってうれしそうに言うんです。照明はいろんな家族の喜怒哀楽を照らしていたんだと、お客さんから教えられました」。
そう話す佐藤さんだが、若いときは照明は「古臭い」と感じて、興味がなかった。海外に憧れて高校卒業後はニュージーランド、カナダ、オーストラリアで働いた。不安定な外国暮らしに倦(う)んで、1999年、30歳のときに帰国。海外に出て「日本の古いもの」の魅力に気づき、父親の家業を手伝い始める。
その家業は大正9年(1920年)、木屋町三条で創業した。明治から戦前まで京都の電力供給を担った京都電燈の火力発電所と、物流の要だった高瀬川が近かったからだ。電気の黎明期、照明や電線などの部材を売る店は、繁華街・祇園にアクセスがいい立地の必要があった。
木屋町三条から岡崎の京町家に店を移転したのは2009年。祖父の代の終わり頃に骨董にも手を広げたが、佐藤さんが照明の専門店に絞ったことでコンセプトがわかりやすくなり、ファンが増えた。
くつろげる明るさ
暗いことは悪じゃない
「照明で部屋の格がわかるんです。一文字と呼ばれるまっすぐな笠は廊下やトイレに。房がついた照明は、呉服屋の奥座敷のような最高クラスの部屋用ですね」。
佐藤さんが説明を始めると、照明の周りにぼんやりと部屋の情景が浮かび上がるかのようだ。しかし近年は明るいLED灯が人気となり、昔ながらの白熱電球は生産中止に向かっている。
「白熱電球を楽しめるのはあと数年だけ、とは考えられませんか? ほっとくつろげる明るさです。最新のものを急いで取り入れるのではなく、今あるあかりを楽しもうじゃありませんか」。
実際、ヨーロッパでは部屋は暗く、本を読むときだけ手元を明るくする。部屋全体をまんべんなく明るくする必要があるのかと、佐藤さんは疑問を呈する。「暗いことは悪じゃない。うす暗いバーに行くとくつろぐでしょう? 家のあかりを暗めにするとやすらぎますよ」。
明治以降から昭和にかけての照明は、もう2度と生産されることはない。実用品から骨董品への過渡期にある照明、タチバナ商会はその価値を教えてくれる。
タチバナ商会
TEL
075-762-0087
ACCESS
京都市左京区岡崎南御所町22-11
最寄りバス停
南禅寺・疏水記念館・動物園東門前
営業時間
12時~18時半
定休日
日