誰よりもスタンダード。誰よりもプロフェッショナル。
北川一成が少しずつ語る、デザインのはなし
大学での僕の専攻はグラフィックデザインでしたが、学部や学科を越え、多分野に渡って、自分の興味がある授業をすべて履修しました。文系では歴史学や、経済学、理系では、医学、物理学、数学まで、僕の人生でいちばん勉強した4年間だったと思います。現在、僕はデザイナーという職を選んでいますが、他の職業に就いていたとしても、このときの勉強と関心が僕を決定していたでしょう。たとえば、自分であらゆる方向に石を投げてみても、飛距離は同じで結局は土星の輪のように、同じところにしか飛ばないと思うのです。それが、今まで培った自分らしさです。自分が学び、経験してきたものが、自分の価値観や発想の源になる。
当時から、とくに僕が興味があったのは生物学で、なかでもホモ・サピエンスに特別な関心がありました。ヒト属の中で、唯一残ったサピエンス、「人間」が属する種の学名です。この種に何より惹きつけられ、それは、僕がいまデザイナーを生業としている上で、基礎になっていることだと思います。
僕が投げかけたデザインに、ホモ・サピエンスは、いったいどんな反応を示すのだろう。その気持ちが僕の仕事の原動力です。決して美しい図形を編みだそうとか、お洒落なレイアウトを考えよう、なんてことじゃない。よくデザイナーをしているというと勘違いをされるのですが、単なる自己表現というものに、僕はまったく興味がないんです。ホモ・サピエンスの反応が面白くて、僕はデザイナーをしています。デザイナーを志す学生さんにも話すのですが、自己表現を追求しなくても、ちゃんと自分の身体能力は個性となって作品に現れます。抽象画でも具象画でも、違うものを描いていると思っていても、何百枚何千枚も絵を描けば、共通する本質的な何かが見えてくるものです。ヒトとチンパンジーの遺伝子は、98.8%合致しているそうです。違いはわずか1.2%、これが多くのものを生み出す。その1つが、芸術なのだと僕は考えています。そして、ホモ・サピエンスの習性を知るには、大脳の仕組みをもっと知らなければならない。だから僕は脳科学の本を読みたくなる。
以前、デザイナーの本棚を見せる、というなにかの企画取材で、僕の本棚を見た人が、あまりにも多ジャンルに渡るセレクトだったので驚いていました。デザインの世界のプロは、仕事のアウトプットに責任を持たなければならないと思います。どこまでの分野をカバーしてアウトプットするのか。それは、そのデザイナーがどんな経験や記憶をインプットしているのかということに起因するでしょう。これはデザイナーにとって、とても重要なことです。ポスターをデザインするときに、ポスター展を見に行く。そんなインプットの方法は愚行です。
グラフ株式会社 代表取締役/ヘッドデザイナー
北川一成
PROFILE
1965年兵庫県加西市生まれ。筑波大学卒。89年GRAPH(旧:北川紙器印刷株式会社)入社。“捨てられない印刷物”を目指す技術の追求と、経営者とデザイナー双方の視点に立った“経営資源としてのデザインの在り方”の提案により、地域の中小企業から海外の著名高級ブランドまで多くのクライアントから支持を得る。2001年、書籍『NEW BLOOD』(発行:六耀社)で建築・美術・デザイン・ファッションの今日を動かす20人の1人として紹介。同年国際グラフィック連盟の会員に選出。04年、フランス国立図書館に多数の作品が永久保存される。08年、「FRIEZE ART FAIR」に出品。11年秋、パリのポンピドゥーセンターで開催される現代日本のグラフィックデザイン展の作家15人の1人として選抜。NY ADCや、D&AD Awardsの審査員を務め、国内外で高い評価を受ける。TDC賞、JAGDA新人賞、JAGDA賞、ADC賞など受賞多数。