ヤノベケンジの世界から語る現代アート
ラッキードラゴン
ラッキードラゴン:水都大阪2009
かつて水都として称えられた大阪の水辺の再生をテーマに、大阪府、大阪市を含めた官民一体の都市型博覧会として企画された。オープニングイベントまで、実に一月半というタイトな中、造形はウルトラファクトリーが担い、ドラゴンが動く油圧の仕組みは大阪工業大学がサポート、船体は一本松海運が協力提供。
2009年に大阪の水辺再生をテーマに開催された「水都大阪2009」。府と市、関西の経済界が手を組んで開催される、大規模な文化的イベントということで、計画は何年も前から進められていた。ディレクターには、その後「瀬戸内国際芸術祭」でも総合ディレクターを務めている北川フラム氏を迎え、海外からも著名なアーティストを呼ぶ都市型国際博覧会を目指していた。ヤノベも、地元で開催する、大阪万博以来の文化的イベントへの思いは一入(ひとしお)で、大阪への恩返しとして関わるつもりだった。しかし、2008年に橋下徹氏が大阪府知事に就任してから、計画は一変する。文化的な予算を大幅にコストカットする橋下知事の意向のもと、多くの文化公共施設は閉鎖に追い込まれていった。当然、このイベントの予算もほぼ1 / 10に圧縮され、当初計画していたことが実現できなくなった。北川フラム氏を含む美術関係者は疲弊し、ヤノベもこの環境では良い作品展示ができないだろうと考え、辞退も視野に入れていた。
一方で、ヤノベは京都芸術大学(旧:京都造形芸術大学)で「ウルトラファクトリー」を立ち上げていた。そこでヤノベは「芸術が社会を変えていく」ことをうたい、アーティストの生き様を見せるべく、参加学生と一緒に様々なプロジェクト活動をしていたところだった。ここで逃げてはいけない。自問自答し、ヤノベは「水都大阪2009」に挑む決意をする。もし、このイベントで橋下氏が芸術に面白さと可能性を感じなければ、自身の作家生命、ひいては日本中の文化活動にも悪影響を及ぼすだろう。全身全霊をかけて橋下氏を教育する意気込みで、このプロジェクトに挑戦する意志を学生たちにも伝えた。
まず、ヤノベは日本中にある自身の作品をほぼ全部大阪に集めた。市役所の正面玄関には《ジャイアント・トらやん》(2005)、火吹きパフォーマンスこそできなかったが、全長7.2 mの「トらやん」は大衆を驚かせた。
地下を潜る京阪なにわ橋駅には、展覧会「トらやんの大冒険」を開催。《トらやん》(2004)が冒険するように《サヴァイヴァル・システム・トレイン》(1992)をはじめ、《タンキング・マシーン》(1990)や《アトム・スーツ》(1997)など多くの作品を展示し、大阪府立中之島図書館は《森の映画館》(2005)に変身させた。また、名村造船所跡地では《ウルトラー黒い太陽》(2009)を展示し、1 3 0万ボルトの稲妻を流すインスタレーションを披露した。ヤノベは、作品をあえて美術館やギャラリーには展示せず、街自体を美術館にして大衆が文化に触れやすい環境を作り上げた。そして「水都大阪2009」のメインを飾る作品として、ヤノベは大阪の水辺を走るドラゴン型のアート船《ラッキードラゴン》(2009)を完成させた。
オープニングイベントまで実に一月半。タイトな期間だったが、これくらいのインパクトがないと橋下氏を納得させられない。そんな思いを胸に、関係者が一丸となりドラゴンは制作された。火を吹き水を吐き、グリコの看板が光る賑やかな道頓堀川を颯爽と進むドラゴン。大衆は踊らんばかりに歓声をあげて見物し、橋下氏も驚嘆した。その後、ヤノベは大阪文化賞を受賞、橋下氏は別予算で文化推進事業「おおさかカンヴァス推進事業※」を立ち上げるに至った。「芸術が社会を変える瞬間」を多くの学生が目撃した一幕だった。
※ 大阪のまちをアーティストの発表の場として「カンヴァス」に見立て、大阪の新たな都市の魅力を創造・発信しようとするもの。世界中のアーティストの作品を街の様々な場所に設置した。
ヤノベケンジ
PROFILE
現代美術家。京都芸術大学美術工芸学科教授。ウルトラファクトリーディレクター。1965年大阪生まれ。1991年京都市立芸術大学大学院美術研究科修了。
1990年初頭より、「現代社会におけるサヴァイヴァル」をテーマに実機能のある大型機械彫刻を制作。幼少期に遊んだ大阪万博跡地「未来の廃墟」を創作の原点とし、ユーモラスな形態に社会的メッセージを込めた作品群は国内外で高評価を得る。1997年放射線感知服《アトムスーツ》を身にまといチェルノブイリを訪れる《アトムスーツ・プロジェクト》を開始。21世紀の幕開けと共に、制作テーマは「リヴァイヴァル」へと移行する。腹話術人形《トらやん》の巨大ロボット、「第五福竜丸」をモチーフとする船《ラッキードラゴン》を制作し、火や水を用いた壮大なパフォーマンスを展開。2011年震災後、希望のモニュメント《サン・チャイルド》を国内外で巡回。2017年旅の守り神《SHIP’S CAT》シリーズを制作開始。
https://www.yanobe.com/