井村美術館の館長コラム
明治期に入って、今泉今右衛門(いまいずみいまえもん)が酒井田柿右衛門(さかいだかきえもん)の作品を模したことを前号でお話しましたが、それだけではすべてを言い得ていません。逆に酒井田柿右衛門も、今右衛門を意識して真似て、あきらかに「これは鍋島に違いない」というような作品を作っているのです。
有田では、ヨーロッパへの磁器輸出が1720年頃には止まり、その後の奢侈禁止令により華やかな磁器の生産に制限がかかりました。また明治期には廃藩置県により、藩が解体され、御用窯制度も廃止されます。今右衛門も、柿右衛門も共に困窮した時代が長くつづきます。
柿右衛門家は、自分の窯印を企業に売って急場を凌いだため、後に自身の手がけた承認としての印章と混じってしまう経緯もありました。とかく、苦労話は尽きません。
徹底された鍋島の規格
融通無碍(ゆうずうむげ)な柿右衛門
以前も触れましたが、鍋島藩が手掛ける御用窯にはお皿のサイズや枚数などの徹底された規格が存在しました。しかしそれだけではありません。鍋島の焼き物はすべて殿様の命令によるものでしたが、実は今でいう藩専任のデザイナーが先に図柄を決定していました。鍋島の作品は見事なほどに隙のない、測り尽された空間美のもと絵が描かれています。つまりそこには、残念ながら御用窯専属の上絵師であった今右衛門の自由な作風はないのです。明治になって一般向けのものを作る時代になり、今右衛門は自分を表現しなければいけなくなります。それゆえに柿右衛門に倣うのです。寸分の乱れも歪(いびつ)さもまったくない、きっちりとした鍋島とは違い、柿右衛門はその逆。心に思うまま、自由自在に絵を描いて作品を作っています。それが前号でご覧いただいた作品です。
11代、12代、今右衛門は技法の幅を拡げます。その後30年ぐらいは柿右衛門のデザインを意識的に真似ています。柿右衛門のほうも負けていません。現在ではあり得ないですが、お互いが、売れそうなものを模倣しているのです。なかには複製品に近い、きわどいものもあります。「仁義なきデザインの盗用」です。
このライバル関係は、戦前から東京オリンピックの時分まで続きます。
ここに珍しい12代柿右衛門の鍋島写しがあります。鍋島の技法である掛け分け、墨はじきなど、今まで柿右衛門がやっていなかった技法を取り入れています。作陶の本焼のとき、透明な釉(うわぐすり)を掛けるのが柿右衛門スタイルなのですが、鍋島では難易度が高い、青磁や茶色の釉3色の掛け分けを施していました。
描かれている主題となる対象物の個数も、鍋島は3・5・7と奇数で決まっています。鍋島の「青磁染付五壺文皿」は、青海波の墨はじき、裏文様の七宝繋ぎなど、染付、青磁、釉を掛け分けて、壺5つの文様を成す見事な逸品です。他に壺が7つ描かれているものもあるのですが、柿右衛門は、その技法を倣いつつも、壺を1つ増やし、8つ描いています。ようは少しだけ自分らしさを見せたのです。これが面白いところでしょう。
とにかく12代柿右衛門は頑固な人でした。「時代がどうであろうと柿右衛門は柿右衛門」と言っているその人が、こうして鍋島写しを作っていたのです。私は、これは決してお金のためだけとは思えないのです。「そっちがその気なら、こっちもやるぞ」。お互いのテクニックを認め合っているライバルだからこそ、ときにそれができると誇示したくなるのでしょう。
11代目片岡仁左衛門が演じ
歌舞伎となった「名工・柿右衛門」
1912年(大正元年)に東京の歌舞伎座で「名工・柿右衛門」が上演されます。陶工として頑固一徹の柿右衛門を演じたのが11代片岡仁左衛門で、これが仁左衛門一世の当たり役となります。
物語はもちろんフィクションなのですが、初代柿右衛門が、庭先の枝になる柿の実を見つめながら、困窮を乗り越えて赤絵を大成させていくという逸話があります。この歌舞伎の上演から10年後には、尋常小学校の国語読本に「陶工柿右衛門」が掲載され、世間の注目を集めます。その物語から柿画という絵付作品が生まれました。12代柿右衛門のときの大ヒット作です。それまで、柿右衛門に柿画なんてないのです。独自の道を切り開いていった経緯がここにあります。
古きよき激動の往時、技巧と感性を研ぎ澄ませ切磋琢磨した柿右衛門と今右衛門。そしてその精神は有田二大名窯として今なお良きライバル関係が続いているのです。(井村談)
井村 欣裕
PROFILE
大学時代より百数十回ヨーロッパに足を運び、数万点にものぼる美術品を買付け、美術界の表裏を現場で学んできた。美術品を見極めるだけではなく、その名品がたどってきた歴史背景をも汲み取る。現在でも週に約2万点の美術品を鑑定する。
井村美術館
江戸時代、ヨーロッパに散逸した古伊万里・柿右衛門・薩摩焼などの名品を収集し研究を重ね、日本に里帰りさせる道を拓く。近代今右衛門、柿右衛門研究の第一人者であり、さらにガレ、ドーム、オールドバカラ、オールドマイセン、幕末明治期の伊万里焼の逸品を扱う。「作家がもっとも情熱をかたむけた時の作品しか扱っていない。なかでも作家の心が在るものだけを置いています。いいものをわかってもらおうと思ったら、その作家の最も良い作品を観ていただくのが一番いい」という審美眼のもと蒐集品を公開。
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