ヤノベケンジの世界から語る現代アート
Mythos
発電所跡地を「廃墟」から「未来」へと繋がる「物語が生まれる場」として捉え、現地制作と展覧会を繰り返すダイナミックなインスタレーション&プロジェクト。物語の進行とともに会期を4章に分け、「天地創造の物語」を出現させてゆく。
黒部川扇状地にある富山県「下山芸術の森」。北アルプスを背景に水力発電所が多数あるこの地域で、取り壊し予定だった発電所を美術館に改築した発電所美術館は、日本でも珍しい美術館のひとつだ。この美術館からオファーを受け、2010年、ヤノベは「Mythos」展を開催した。ギリシャ語で「神話・物語」を意味するこの展覧会は、会期を「序章」、「放電」、「大洪水」、「虹のふもとに」と題する4つに分け、「物語」の進行とともに出展作品を替えながら、大規模なインスタレーションが行われた。
「序章」では、天井高約10メートルの空間の真ん中に、ドラゴンが巨大なガラス球を抱えている《幻燈夜会-有隣荘》(2010)を設置。ガラス球には、アニメーションの映像作品が投影されている。かつてヤノベがチェルノブイリで拾った人形が蘇り、《トらやん》(2004)に変身して、第五福竜丸をモチーフにした《ラッキードラゴン》(2009)と出会う、というもの。ヤノベが実現した過去のアートプロジェクトを重ね、瓦礫(がれき)と埃(ほこり)の廃墟から現れる夢のようなストーリーが表現された。
「第1章 放電」では、《黒い太陽》(2009)の内部に組み込んでいた、人工の雷発生装置を用い、鮮烈な光の柱と、空気を切り裂くような轟音が響き渡るインスタレーションを披露。まるで発電所を蘇らせるかのような「再生」のイメージと、生命誕生のエネルギーに満ちた光景は、まさに、生物の創世、神話の「第1章」を想起させた。
この展覧会のメインとなるのが「第2章 大洪水」。瓦礫に横たわる《アトムスーツ》を着た小さな「トらやん」。胸のガイガー・カウンターが「0」を示した時、館内にはラッパの音が鳴り響き、9mの高さに吊るされた巨大な水瓶から、5t もの水が一気に地上に砕け落ちる。このダイナミックなインスタレーションは、無作為な放射線の合図によって、何度も繰り返された。
無限のような「大洪水」の後、瓦礫の山と相似形のランプがユリの花のように掲げられる。「第3章 虹のふもとに」では、天と地の間に堅固でゆるぎない光が弧を描き、人工虹が浮かびあがる。希望的なフィナーレを思わせるエンディングに仕上げられた。
奇しくもこの翌年、東日本大震災が起こったことで、「Mythos」は何かの予兆を感じさせる展覧会とささやかれた。遡れば、1991年の《イエロースーツ》以降、ヤノベはチェルノブイリでのフィールドワークや《森の映画館》(2004)など様々な作品制作を通して、自分が芸術家としてどこまで表現と向き合えるか、日本人として何を伝えるべきかを模索してきた。その過程で、歴史や社会の構造を知るにつれ、ヤノベに責任感のような感情が芽生えてきた。そこから生まれた作品は、期せずして、社会全体が求めている問題とシンクロしたり、時代の空気と接続したりすることもある。ヤノベはそれをある種、運命のように受け止め、自身の成し得る役割も考えるようになった。
ヤノベケンジ
PROFILE
現代美術家。京都芸術大学美術工芸学科教授。ウルトラファクトリーディレクター。1965年大阪生まれ。1991年京都市立芸術大学大学院美術研究科修了。
1990年初頭より、「現代社会におけるサヴァイヴァル」をテーマに実機能のある大型機械彫刻を制作。幼少期に遊んだ大阪万博跡地「未来の廃墟」を創作の原点とし、ユーモラスな形態に社会的メッセージを込めた作品群は国内外で高評価を得る。1997年放射線感知服《アトムスーツ》を身にまといチェルノブイリを訪れる《アトムスーツ・プロジェクト》を開始。21世紀の幕開けと共に、制作テーマは「リヴァイヴァル」へと移行する。腹話術人形《トらやん》の巨大ロボット、「第五福竜丸」をモチーフとする船《ラッキードラゴン》を制作し、火や水を用いた壮大なパフォーマンスを展開。2011年震災後、希望のモニュメント《サン・チャイルド》を国内外で巡回。2017年旅の守り神《SHIP’S CAT》シリーズを制作開始。
https://www.yanobe.com/