最初の1 杯が最後の1 杯と思え
重い木製の扉を開くと、絵本に出てくるような小さなカウンター。13番路地にある隠れ家のようなバー、BarSand。女性店主が出迎えてくれた。「京都市立芸大にはデザイン志望で進学したんですが、最終的には彫刻を選択して。『ヴィオロン』で働いたのは学生の時。おもしろそうという軽いノリでした」。
20年ほど前、当時を振り返る鈴木景子さん。鈴木さんが働いた「ヴィオロン」は、ご存じ、三条木屋町にある老舗の画壇バーだ。昼は制作、夜は学生店長として働く充実の大学生活だった。
「でも、店ではお酒を作るにも混ぜるだけだったので、本来のバーテンダーの仕事はどんなものなのか知りたいと思って。それで、京都市内の大手ホテルの面接を受けたんです」。
どこまでも現場主義
そして、13番路地に
京都のホテルでもバーテンドレスは数名しかいない時代。バーテン志望の女性は珍しく、やる気を買われて即採用となった。しかし、現実は「怒られてばかりでしんどくて、いつ辞めようとそればかり考えていました」。それでもおよそ6年間仕事が続いたのは、バー仕事の奥深さを身を持って経験したからだった。「昇進すると、現場に立てなくなるのが嫌で」。
ホテルを退社後、高校時代からの友人の誘いで13番路地にあるバーの店主に。それが、今の店。10年前、29歳の時だ。
バックバーには京都出身の作家、鈴木玄太氏による手吹きのグラスが並ぶ。自ら富山の工房に足を運び、ひとつひとつ選んだもの。彼女にとってグラスは単なる道具ではなく、お酒のイメージをふくらませてくれる存在だ。
「美術に未練はなかったですね。彫刻って制作から評価まですごく時間がかかるんです。でも、お酒はお客さんの表情を見たらすぐにわかる。そこがすごく楽しい」と笑う。バーをやっていて思うのは「同じ日はない」ということ。同じお客さんでも、バーへ訪れるときの気持ちは毎日違う。「最初の1杯が最後の1杯と思え」。目の前の1杯に心を込める。鈴木さんが大切にしている先輩バーテンダーからの金言だ。
若くても、うんと年上でも
ここでは関係ない
カウンター5席、テーブル2席の小さなバー。大半は、ひとり客だそうだ。
「距離が近いせいか、一見さんでも心情を吐露される方も多くて。話を聞いて、あかんと思った時には喝を入れることもあります。どんな身分でもここでは関係ない。お酒の前では皆、平等です」。
帰り際、鈴木さんがバーの扉が重い理由を教えてくれた。「扉が重くて入りにくいからこそ、入ったお客様は守って差し上げる。そんな意味があるんです」と。「バーとは、リセットして帰ってもらうための場所だと思います」。
その扉は、優しい温もりに通じている。
BAR Sand
TEL
075-241-0920
ACCESS
京都市中京区四条通先斗町上ル下樵木町199-2(13番路地北側)
最寄りバス停
四条京阪前
営業時間
20時~翌2時
定休日
日曜