誰よりもスタンダード。誰よりもプロフェッショナル。
北川一成が少しずつ語る、デザインのはなし
京都の酒蔵、増田徳兵衛商店「月の桂」のロゴについてお話します。このマークは、酒造の歴史にインスピレーションを得て作成しました。形はオーナーである増田家のむくり屋根や、江戸時代に暖簾に使用されていた升を使ったマーク、月の満ち欠け、酒林など、酒蔵の歴史と日本酒造りにおける多くの要素を含ませています。また酒を注ぐとき、傾けると月のうさぎも現れるよう設計しました。このロゴマークが同業他社と並ぶとき、どことも違う印象が残るのは、このような意味がある多くの要素を取り込んでいる、ということにあると思います。
一般に、樽や一升瓶に入った日本酒を思い描いたとき、まず浮かぶのが存在感のある筆文字でしょう。私はあえてその路線は外しました。
脳科学によると、人間の脳はモノを「認知するとき」と、「記憶するとき」は違う仕組みが働くそうです。デザイナーはよく、パッケージやロゴマークで、あるものを認知させようと思考します。しかしゴールは、見た人に記憶させることだと僕は思います。例えば、ティファニーのパッケージに似せた箱があれば、そこにはおそらくアクセサリーが入っているだろうと、脳は認知します。脳はパターン認識が得意なんです。以前同じようなものを見ていると、すぐに認知してくれます。しかも、わかりやすい方が認知しやすい。しかし、人間の脳は、常に認知しながらも、過去の記憶に照らし合わせ、類似性のあるものは自動消去していくという性質も持ち合わせています。デザイナーは認知性を担保しつつも、記憶に残るものを創作しなければならない。
では記憶に残るものとはどんなものなのでしょう。脳は過去の経験にないモノ、自分の脳に在庫がないものだけ、記憶するのです。だから、デザインを皆が周知しているイメージに寄せていくほどに、二番煎じ、偽物の印象を強め、記憶にも残らない。先に述べた「模倣」は、この点からも百害あって一利なしなのです。
しかし、今までにないものを、ただ闇雲にイメージしても、人間の脳は恐怖心を抱くだけでなんの意味もありません。大切なのはグルーピングです。どんなカテゴリーで分けるのか、がデザイナーの身体能力のひとつとも言えます。
ある居酒屋で、客をグルーピングするとき、男女という分け方もあれば、腕時計をしているかどうか、黒い服を着ているかどうか、などグルーピングはさまざまな視点でできるものです。「日本酒」というものをグルーピングするとき、実は日本酒らしいのに、誰も気づいていない共通のグルーピング、それを見つけることが私のやり方です。
グラフ株式会社 代表取締役/ヘッドデザイナー
北川一成
PROFILE
1965年兵庫県加西市生まれ。筑波大学卒。89年GRAPH(旧:北川紙器印刷株式会社)入社。“捨てられない印刷物”を目指す技術の追求と、経営者とデザイナー双方の視点に立った“経営資源としてのデザインの在り方”の提案により、地域の中小企業から海外の著名高級ブランドまで多くのクライアントから支持を得る。2001年、書籍『NEW BLOOD』(発行:六耀社)で建築・美術・デザイン・ファッションの今日を動かす20人の1人として紹介。同年国際グラフィック連盟の会員に選出。04年、フランス国立図書館に多数の作品が永久保存される。08年、「FRIEZE ART FAIR」に出品。11年秋、パリのポンピドゥーセンターで開催される現代日本のグラフィックデザイン展の作家15人の1人として選抜。NY ADCや、D&AD Awardsの審査員を務め、国内外で高い評価を受ける。TDC賞、JAGDA新人賞、JAGDA賞、ADC賞など受賞多数。