今は平和です
この店名を聞くと、学生時代を思い起こす人も少なくないだろう。京都女子大学へと続く通称・女坂に建つ一軒の洋食屋「里」。創業は1973年。名物はべシャメルソースから手作りのグラタンだ。
度重なる家族問題に
捧げた20~30代
「友達と遊ぶよりも、家で働くのが好き。そんな子どもでした」。
2代目は創業者の長女で「さとりえ」という愛称で親しまれている櫻井理絵さん。小学校が終わると、店でグラタンに使用するエビの殻を剥く。中学生になると、今度は厨房に入ってフライパンを振るように。「父母の店を継ぐのは当然」。大人になっても、そう信じて疑わなかった。
ものづくり好きが高じて、卒業後は京都造形短期大学で日本画を専攻。アパレル業界に就職したが、22歳のときに母が若年性認知症を患う。店を手伝うため実家に戻ったが、すでに赤字経営で火の車。無給でがむしゃらに働いた。母の介護と店の仕事で毎日が終わる。まわりの子たちのように生きられない現実がつねに頭にあった。結婚も無理だ。それでも、できないことを家族のせいにしたくない。時間を捻出し、自分が興味のある、アートや習い事、華道への挑戦に費やした。
しかし、20代後半のとき、年子の兄が調子を崩し、ほどなくして大黒柱の父が階段から落ちて半身不随になってしまう。
「家族のことに時間を費やした20~30代でした」。
その言葉はとても重く、ずしりと心に響いた。
お客さんの、
自分のふる里を守るため
当時の彼女を支えてくれたのは、他ならぬ店のスタッフたちだった。すでに2代目オーナーになっていたさとりえさんは経営を見直した。手作りのグラタン、昔ながらの父の味を守り続けるために、品数を絞り食材のグレードを上げた。さらに女子大が近い土地柄、女性が喜ぶメニューを増やしたところ、これが大ヒットしたのだ。勢いに乗り、祇園にオー
プンしたカフェBAR『さとりえ工房』も話題に。名物はフルーツカーヴィングや華道の経験を生かした華やかなパフェ。20代の頃、介護と仕事の合い間を縫って修得したスキルを生かしたものだった。しかし喜んだのも束の間、その後も再びの経営難、そして両親の他界と試練が続いた。
現在43歳。「今は平和です」と安堵した表情で微笑む。それにしても、これまで心が折れることはなかったのだろうか。
「『里』はふる里の『里』です。みんなの、そして父が残した『里』を残せるのは私だけだから」。
「会社の株式化が目標」と40代も店中心の生活を貫く。聞くと、愛称の「さとりえ」は「里」の看板娘「りえ」ちゃんに由来する。小学生のときに仕込みをしていたあの頃と同じ味を残すため。熱々のグラタンは昔にとっての思い出の味、そして彼女の想いそのものでもある。
手作りの洋食屋さん里
TEL
075-541-7969
ACCESS
京都市東山区妙法院前側町451-1
最寄りバス停
馬町、東山七条
営業時間
11時~15時半 17時~21時半(土日祝11時~21時半)
定休日
なし