中華という意識はあまりない
店主の内海博史さんは今年79歳。朝7時前に起末すると厨房へ直行する。5年前に脳梗塞を患ってからは下ごしらえを担当。力のいる仕事は、20年前に修業先から戻った次男・大輔さんに任せている。
中華はとにかく、下ごしらえが肝心だ。たとえば麺は自家製。生地を足で踏んで製麺する。名物の焼きそばに使う時は、その後一度乾燥させた生めんを蒸し、再び乾燥させて……と、工程を重ねて完成する。上七軒にのれんを掲げて44年、味への高い評価は丁寧な仕事あってこそだ。
くみひも職人から
中華料理店の主人に
店名に冠した「糸」の字は、内海さんの前職に由来する。生まれは京都の西陣。父はくみひもを作る職人で、実家は父の仕事場でもあった。高校卒業後は東京に修業に行き、くみひも作りの技術を習得。21歳で京都に戻り、父の下で働き始めた。
しかしほどなく中国製の安価な製品が出回るようになり、国産のくみひもは売れなくなった。「いいものを作ってもすぐに真似されてしまう」。そんな状況がほとほと嫌になった内海さんは、料理で身を立てようと33歳で一念発起。
「人が3年かかるところを、自分は1年でものにしてやる」と、子どもの頃から皿洗いなどを手伝っていた親戚の店「芙蓉園(ふようえん)」で修業に励んだ。
「職人の仕事は誰かから教わるものじゃない。見よう見まねで盗むものです」。
そうして当初の宣言通り、1年で修業を終えた内海さんは、35歳で自身の店「糸仙」をオープンする。お茶屋として使われていた町家を紹介してくれたのは、上七軒で長く仕出し屋を営む妻の両親だった。
当時の西陣は景気が良く、旦那衆が通う上七軒もにぎやかだった。2階の座敷はフル回転し、商売はすぐ軌道に乗った。
内海さんは「中華料理屋という意識はあまりない」と話す。花街という場所柄、ニンニクや香辛料は控えめにし、代わりに出汁を効かせる。ちょっぴり甘めの味付けは、芸妓さんや舞妓さんにも喜ばれ、「京中華」の名店として知れわたった。
唯一無二の味に魅了され、
全国の食通が通い詰める
メニューには赤身肉だけの酢豚、薄焼き卵で巻いた春巻き、冒頭で紹介した自家製麺で作る焼きそばなと、「糸仙」ならではの名物が躍る。修業店で覚えた味に内海さんならではの工夫が加わり、やがて大輔さんのスペシャリテである麻婆豆腐も仲問入りした。
「この商売は、おいしいかどうか、お客さんの反応を間近で見られるのがおもしろい。くみひもはいっぱい真似されたけど、この味はそうそう真似できない。『真似できるもんなら、やつてみろ』と思っています」。
内海さんの言葉からは、唯一無二の存在を作り上げた自負がにじむ。京都上七軒の中華、「糸仙」の味。替えの利かないそれを求め、細い路地の小さな店に、全国から食いしん坊が集まってくる。
糸仙
TEL
075-463-8172
ACCESS
京都市上京区今出川通七本松西入真盛町729-16
最寄りバス停
上七軒
営業時間
17時半~20時半L.O.
定休日
火・水