誰よりもスタンダード。誰よりもプロフェッショナル。
北川一成が少しずつ語る、デザインのはなし
前回、日本酒のロゴマークの例から、グルーピングの話をしました。今回は少し違う角度でグルーピングについて説明したいと思います。なぜ私が他にないグルーピングをするのか。それは、自分が創作したモノを他人がどう思っているのか、客観的に見るためでもあります。
私がブランディングに携わり、例えばロゴマークのデザインを創作するとき、当然反対意見も出ることがあります。しかし、私は10人中9人が反対したものは「いいかもしれない」と感じています。それは前回お話ししたように、「認知」と「記憶」は別物だということに関係しています。万人が「これはいい」と言うものは、往々にしてわかりやすく、過去に認知したことがあるもので、脳の在庫にあることが多いのです。しかし、そういうものを脳は自動消去する性質があるので、記憶に残らない。私は自分がブランディングしているクライアントのロゴマークを記憶に残したいといつも思っています。
長崎県の「ハウステンボス」につくるホテルのブランディングを依頼された話をしましょう。当初は「世界一効率のいいホテル」という意味を込めて、「スマートホテル」という仮称で進行されていました。しかし数年後、風化するかもしれない「スマート」という言葉に私は疑問を持ちました。記憶に残らないと思ったのです。そこで「変なホテル」というネーミングを提案しました。ほとんどの社員さんがこのネーミングに反対しました。もしこんな名前のホテルが食中毒を出したら、ダブルブッキングをしてしまったら……。社員さんたちは「きっとホテルの名前のせいにされる」と不安がりました。
発明も、テクノロジーも、アートも、優れたものは、得てして発想の時点では馬鹿にされているものです。しかし、数年後大きく世界を変えたり、感動を与えたりすることがある。このホテルの特徴は、今までにない「エネルギーの削減」でした。そして人間の仕事を「ロボット」が担う。フロントには小型、女性型、恐竜型などさまざまなロボットがいて、他にもクロークやポーターの役割をするロボットもいます。しかし単に「ロボットのいるホテル」では話題が尽きるかもしれない。それ以外にも、何か話題を作りたかった。名称が「変なホテル」なら「どこが変なのか」と客は考えます。「変なホテル」とは「変わり続けることを約束するホテル」のことであり、その略称なのです。それは進化です。エボリューションを期待できるホテルなんです。私は誰でもない、ホテルの予約をするお客様の記憶に残ることを重視しました。結果、世界各国155社のマスコミが取材をしてくれました。
グラフ株式会社 代表取締役/ヘッドデザイナー
北川一成
PROFILE
1965年兵庫県加西市生まれ。筑波大学卒。89年GRAPH(旧:北川紙器印刷株式会社)入社。“捨てられない印刷物”を目指す技術の追求と、経営者とデザイナー双方の視点に立った“経営資源としてのデザインの在り方”の提案により、地域の中小企業から海外の著名高級ブランドまで多くのクライアントから支持を得る。2001年、書籍『NEW BLOOD』(発行:六耀社)で建築・美術・デザイン・ファッションの今日を動かす20人の1人として紹介。同年国際グラフィック連盟の会員に選出。04年、フランス国立図書館に多数の作品が永久保存される。08年、「FRIEZE ART FAIR」に出品。11年秋、パリのポンピドゥーセンターで開催される現代日本のグラフィックデザイン展の作家15人の1人として選抜。NY ADCや、D&AD Awardsの審査員を務め、国内外で高い評価を受ける。TDC賞、JAGDA新人賞、JAGDA賞、ADC賞など受賞多数。