清く正しく美しい、水商売を
祇園は花街、そして、大人が遊ぶ夜の街なのはご存知の通りだ。花見小路のビルにある「扇」。恐る恐るドアを開けると、ママの田中由喜子さんが出迎えてくれた。華やかなたたずまいは、さすがは祇園のママ。編集部の緊張を察してくれたのか、紹介もそこそこにトークで場を和ませてくれたのがとても印象的だった。

人が大好き。
そんな私を成長させてくれた「扇」
大徳寺のそばで生まれ育った由喜子ママ。幼少期から人が大好きだった。
「3歳のときに近所のパン屋のおばちゃんに私にも売らせてって頼み込んで、店番してたの。パンが1個10円の時代よ」。
特技は洋裁で、高校を卒業すると「大丸」の紳士服売り場で働いた。そして19歳の時、たまたまサークル仲間に連れて行かれたのがこの「扇」の前身だった。家は厳しく、夜の街で遊んだ経験もない。当時の業態はクラブで、初代ママと客、大人の会話にすっかり魅了された。そこで由喜子ママは大胆な行動に出る。なんと新人として働く申し出をしたのだ。親にも会社にも内緒。でも、迷いはなかった。
「ここにいると早道で社会勉強ができる。『夜の街で、学校では教えてくれない人間や世間について学ぼう』と」。
この店こそ、自分を成長させてくれる場所だと思った。
独立をすると決めていた33歳で、ついに店の権利を譲り受ける。。そこから13年間、最大18名のキャストが在籍するクラブの3代目ママとして走り抜いた。順風満帆だったが、リーマンショックの影響で規模を縮小、11年前に今の場所に移転。由喜子ママがひとりで切り盛りするラウンジに切り替えた。

客のボトルを飲むのはご法度。
健やかな水商売でありたい
店の権利を買ってから今年で44年。夜の店では老舗の部類だ。長く続ける秘訣を聞くと、「私、正直者だから」と。
クラブ時代、キャストのひとりをきつく叱ったことがある。無遠慮に客のボトルを飲んだことが理由だった。そうして売り上げを稼ぐ店は少なくないが、由喜子ママにとってその行為は御法度。「お客さんが汗水垂らして稼いだお金で入れてくれたボトルを飲むよりも、勉強のために話を聞かせてもらいなさい」と諭した。
色恋の魅惑ではなく、客との対話を一番に商売をしてきた。実際に店にはおしゃべりを求めて訪れる客が多いが、それはママも同じだ。コロナ禍で「人と会って話すことほどうれしいことはない」ということを心の底から痛感した。
「いつか店を閉める日が来ると思うと憂鬱になるけど、この商売が好き過ぎて、私、死なないような気がする」と笑う。年齢をまったく感じさせない由喜子ママを前にするとあながち冗談ではない気がして、思わず私たちも大笑いしてしまった。
清く・正しく・美しく。そして、楽しく。由喜子ママに出会って初めて、そんな水商売の姿を見た気がした。

ラウンジ 扇
TEL
非公開
ACCESS
京都市祇園花見小路四条上ル東側 呑太呂ビル3F
最寄りバス停
祇園
営業時間
19時半~23時半
定休日
日・祝