夢は次の世代を育てること
築200年を越える町家に「市川屋珈琲」と染め抜いた暖簾がかかる。
「元々は祖父の陶芸工房で、青磁を焼いていました。登り窯が法令で規制されるまで、祖父たちはここに住んでいました」。
「市川屋珈琲」の店主、市川陽介さんは陶芸を生業とする家に生まれ、山科の清水焼団地で育った。祖父、父、兄も陶芸家だが、自身は家業とは別の道を選んだ。
客足が絶えない人気ぶり。「喫茶店はいろんな人が出入りする場所。どのお客さんにもフラットに接したい」。
清水焼に囲まれて育ち、清水焼発祥の地でコーヒーを淹れる市川さんは、確固たる思いを胸に、この店を開いた。

ブレンドは3種類(500~530円)。それぞれの特徴をより引き立たせるため、種類ごとに形状の異なるカップを使う。
老舗コーヒー店で
学んだ客商売の真理
「大学生の頃、僕の下宿は皆のたまり場でした。そこで彼らにコーヒーをふるまうのが楽しくて、こんな仕事ができたらなと思うようになりました」。
いつか自分の店を持つ。独立を見据え、就職先に選んだのは「イノダコーヒ」。「修業なら歴史のある店で」と考えての決断だったが、同社での経験は、市川さんにとってかけがえのないものになった。
入社して最初の一年で、300人分の顧客の情報を記憶した。
「何を注文するか、新聞は何を読むか、灰皿は必要か。そういった細かいデータを似顔絵付きで必死で覚えました」。
歴史ある喫茶店で学んだのは「心のこもった接客、きちんとした食材。何ごとにつけ『間違いないもの』を提供すれば、お客さんは必ずまた来てくれる」という商売の真理だった。

朽ちた祖父の工房に
自分の思いを乗せる
独立にあたり、小さなスタンドで開業も考えたが、イノダでの経験から「きちんとした佇まいの店でお客様を迎えよう」と思い直した。そこで老朽化が著しく、大がかりな改修を必要としていた祖父の工房に「思い切って僕の思いを全部乗せてみよう」と決め、具体化していった。
すべてのお客様に満足してもらえるよう「ハズレ席」は作らない。季節の変化が感じられるサイドメニューを研究し、兄に頼んで、青磁で「持ちやすく冷めにくく、口当たりのいいコーヒーカップ」を作ってもらった。完成した清水焼のカップ&ソーサーは、市川さんのホスピタリティーを象徴するような出来栄えだった。
繁華街でもないのに、わざわざ足を運んでくれるお客さんのために、できることは全部やろう。こうして「市川屋珈琲」の物語は始まった。
店が軌道に乗り、スタッフの数も増えた。市川さんは次世代の育成に力を注ぐ。
「うちの店では、独立心のある子を積極的に採用しています」。
自分が教えてもらったことを、下の世代に伝えていく。それが次の目標だ。市川さんの思いが詰まったこの場所で働くスタッフもまた、「間違いないもの」の確かさを信じながら、お客様を迎えている。


市川屋珈琲
TEL
075-748-1354
ACCESS
京都市東山区渋谷通東大路西入ル鐘鋳町396-2
最寄りバス停
馬町
営業時間
8時~17時
定休日
火、第2・4水