「太秦人が好む寿司の味」
東映、松竹、大映が取り寄せた夜食。
矢沢永吉が流れている、午前中の仕込み時間。慣れた手つきで錦糸卵を刻む姿が鯔背に決まっている。「まったく継ぐ気はなかったんですよ。親父に1ヶ月でいいから手伝ってくれって言われてね。気がついたら、案外面白くなってきて。結局、今日まで続けてます(笑)」。22歳のときから、この道に入ったという横田信幸さん。現在、80年間続く「丸福」の、3代目を担っている。
趣があるカウンターに座ると、年季が入った岡持ちがあり、棚には盛り合わせの桶がずらりと並ぶ。盆正月には、この桶がすべて出前でなくなるという。「昔から、この辺りは出前が多いところやしね。お祝い事や法事で、必ず寿司を注文してきはった。今は大分少なくなったけど、松竹や東映の夜食も、しょっちゅう頼まれるんですよ」。多い時には、撮影所から1度に50食もの寿司の注文を受けることもあったのだそう。盛り合わせと言っても、握りではなく、巻き寿司、箱寿司、おぼろ寿司。これもまた京都らしいところである。

丸福で、人気がある寿司は決まってシンプルなもの。例えば巻き寿司は、あっさりとした寿司飯に、かんぴょう、椎茸、三ッ葉に伊達巻がくるりと巻かれている。「うちの親父が、あまりごちゃごちゃ入ってないものが好きだったんでね。それを地元の人も買いに来て下さるんでなるべくそれは変えないようにしてきたんです。まぁ、凝ったことができないんですよね(笑)」。横田さんの朝一番の仕事は、かんぴょうと椎茸、シャリを炊くことから始まる。かんぴょうも椎茸も別々に出汁と風味を少しずつ変えて炊き、あっさりと仕上げる。「箱寿司もうちは鱧だけです。もう作ってるとこも少なくなりましたね」。

隠し味は鱧。
冬の定番は蒸し寿司。
京都人は大好きだが、もう少なくなった寿司と言えば、まず蒸し寿司だろう。この時期「寒くなりだしたら、お客さんから〝まだやってへんか?〟って急かされますね(笑)。やっぱり皆さんお好きみたいで」。かんぴょうと椎茸を細かく刻み、隠し味に鱧の身も出刃で刻んで寿司飯に混ぜ込む。開いた穴子を漬け焼きしたもの、肉厚の椎茸を敷き詰めて、最後に錦糸卵をたっぷりとかぶせる。握りに比べて手間はかかるが、地元民、とくに年配者の好物なので、丸福の冬の定番になっている。
「地元の老人がいなくなってしもたら、この店もなくなるんちゃうやろか(笑)」。土日には昼の2時から飲みに来て、ずっと夜まで過ごす客もいるという。「商店街で買い物されてる間に、巻き寿司作っといてって言うお客さんもいはるんです」。丸福は、観光客が列を成す店ではなく、地元民が愛する店なのだろう。

丸福すし店
TEL
075-861-0807
ACCESS
京都市右京区太秦多藪町43
最寄りバス停
太秦開町
営業時間
17時~21時
定休日
水・木