何かを始めるのに遅すぎることはない
六条院公園前の角地に建つ古いビル。その1階に、客足が絶えない喫茶店がある。店の名は「カエルコーヒー」。自家焙煎のシングルオリジンを10種類以上そろえる本格的なコーヒー専門店だが、堅苦しさはまるでない。
オープン時に思い描いたのは「地域に根差した地元住民に愛される店」。しかし……このSNS全盛の時代、世間は良店をそっとしておいてくれない。気づけば、世界の観光客が集う繁盛店となっていた。店を切り盛りする「えみちゃん」こと田伏恵美さんは「焙煎が全然追い付きません!」と、うれしい悲鳴を上げる。

子育てを終え、
人生の第二ステージへ
田伏さんは1969年生まれ。短大を卒業後、銀行に就職して、3年後に寿退社。そんな人生のレールに疑問はなかった。息子を2人授かり、育児に家事にと忙しくも充実した毎日を送っていたが、その胸の内には秘めたる決意があった。「下の息子が成人したら離婚して家を出る」。
かくして48歳で家を飛び出した田伏さんは、再スタートを切ることになった。さてどうしようかと思案しているときに、たまたま、コーヒー専門店をしている人の話を聞き、興味を持つ。しかし飲食店で働いたこともなければ、コーヒーの知識もない。まずは焙煎を習いに行くことから始めた。
数ある候補地の中から京都のこの場所に出店することにしたのは「静かで落ち着いた古都のイメージと、公園が目の前というロケーションが気に入ったから」と田伏さん。ぴかぴかの焙煎機を搬入、アンティークの椅子に合わせてテーブルを手づくりして、2018年5月に「カエルコーヒー」はオープンの日を迎えた。

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喫茶店の仕事は
すべて楽しい
開店から6年。「客が誰も来ない」コロナ禍を経て、「今が一番楽しい」と田伏さんは言い切る。
出勤は毎朝6時半。開店準備をし、閉店後も19時まで翌日の仕込みに追われる。
家には寝に帰るだけという毎日だが「家よりも仕事場が落ち着きます。たまには休みなよとみんなに言われるけど、休みたくない」と、いきいきとした表情だ。
そんな彼女に「仕事の何が一番楽しいですか?」と問うと、「焙煎も、接客も、店にまつわることすべて」という清々しいまでの答えが返ってきた。
今、田伏さんがあらためて思うのは、何かを始めるのに遅すぎることはないという事実だ。
「いつからでも始められる。いろんな社会経験を積んだからこそ、できることもある。腰が曲がっても、コーヒーを淹れ続けたいと思っています」。
カエルコーヒーを愛する人たちの「かえる」場所を守りながら、いきいきと年を重ねていく。10年後も、20年後も、そんな田伏さんの姿がきっと見られるに違いない。

KAEru coffee
ACCESS
京都市下京区高倉通五条下ル堺町20 穂積ビル1F
最寄りバス停
五条高倉
営業時間
9時~17時
定休日
火・土