お客さんが喜んでくれたら結果オーライ
万寿寺通に面したツタに覆われた4階建ての建物。前を通るたびに気になっていた人は多いのではないだろうか。施設の名は「ホテル 京の森有隣舎」。今回紹介する「ベーカリー&ダイニング603」はその1階にある。

みんなの帰る場所を作りたい
漠然とした想いがかたちに
京都府南丹市の木材を使用した、フランスの片田舎にありそうなアットホームなホテル。ツーリストが思い思いの時間を過ごす居心地のいいダイニングに併設するベーカリーでは、朝から焼きたてパンを提供、宿泊客以外も利用ができる。

中澤さんは20代、フリーターを経て、料理人をしていた。ホテルの厨房を経て、イタリアンやフレンチレストランの現場も経験。厳しいプロの世界に身を置くなかで、いつの頃からか、ある想いを抱くようになった。
「料理を作るのは本当に大変でした。でもその一方で漠然とですが、お客さんをもてなす仕事がしたい、みんなの帰る場所を作るような仕事をしたいと思うようになって」。
20代のときにおぼろげに思っていたことに、時代がついてきた。外国人観光客が増え、インバウンドがもてはやされるようになって、それまではぼんやりとしていた想いが少しずつ形をなしていった。2018年、40歳のときに、実家があった土地に、中澤さんは小さなホテルを建てた。

技術を授けてくれた人たちに
恥じない仕事をしたい
早朝、ひとり出勤しては、客が目覚める時間に合わせて、パンを焼く。
ホテル経営、料理、天然酵母によるパン製造。ひとつだけでも大変な仕事を、家族やスタッフの手を借りながらもひとり3役でこなす中澤さん。さらにはモーニングで提供するハムも自家製を貫き、パンに使うあんこもいちから自分で炊く。好きだけでは、とてもじゃないが真似できない仕事量だ。原動力はどこからと聞くと、中澤さんは真顔で答えた。
「既製品に頼ってもいいのかもしれませんが、どんなものなのか聞かれたときに全部、自分で説明できるようにしていたいんです。それと、技術を教えてくれた人に申し訳なくて、『見栄』を張ってしまう部分があって」。
見栄? 予想外の言葉に虚を衝かれた。
これまで自分に技術や知識を授けてくれた人たちの想いを無駄にしないための努力、これが中澤さんのいう「見栄」だ。外見をよく見せるという本来の意味ではなく、「数々の恩に恥じない仕事をしたい」という想い。この意外な一言に、自分にも周りにも真摯でありたいと願う中澤さんの人となりが凝縮されている気がした。
「最終的にお客さんが喜んでくれたら、結果オーライです」。
また訪れたくなる場所にはいつも「人」がいる。中澤さんのような人がいちから作り上げた場所であれば、なおさらだ。
ベーカリー & ダイニング603
TEL
075-746-7906
ACCESS
京都市下京区万寿寺通御幸町西入堅田町603 ホテル京の森 有隣舎1F
最寄りバス停
五条高倉
営業時間
8時~18時半(売り切れ次第終了)
定休日
不定休 (Instagram で要確認)