千本商店街を代表する品格
真っ白の木綿の暖簾に、黒い筆文字でお好み焼の店 吾妻軒。正午になると、まず柄杓で打ち水をする美しい女性が、今年70歳になった店主の仁木輝子さんだ。
「昔はね、この店だけじゃなくて、この辺り一帯が人でいっぱいやったんよ。西陣がものすご栄えていたからね」。千本通商店街は、かつて多くの織り屋が軒を連ね、京都でも一、二を争う繁華街だった。仁木さんがお好み焼店を初めて58年。もっと遡れば、実は洋食の店だったのだそう。
「80年前に、叔父が修行に行ってここで洋食屋を始めたんです。亡くなってからは、母が女1人でやっていける飲食店を考えてね。洋食からお好み焼に変わるとき、格を下げたくないからって、お好み焼の生地のことも、相当研究してましたねぇ」。サクサクふわふわとした柔らかい生地の材料や配合は、すべて企業秘密。ただ、創業以来、変わっているところは一切ないのだという。

西陣の気品が見える綺麗なお好み焼。
緑色のシートと同じ緑色の鉄板テーブルも、すべて当時と同じもの。木肌の壁がなんともレトロな店内は、80年という年季は入っているものの、油で汚れたところは一つもなく、清潔そのものだ。「なんでもスキッとしてないと、私嫌なんです」。誇り高い西陣で、長年商いをするには、この凛とした意気込みが大切なのだろう。

手早くカップで混ぜ合わせた具材を、サッと鉄板に敷き、少し待って裏面に焼き色が着いたら、ひっくり返す。まさにその前に、仁木さんは必ず鰹節と青のりを焼けてない面にふりかけ、中に織り込んで仕上げるのだ。両面焼き上がれば、仁木さんのお母さん秘伝のソースをさっと塗るだけ。マヨネーズなんて決してかけない。
「綺麗に焼いて、綺麗に食べられるのがええねぇ。そう思いません?」。
この町では、肩肘張らずにいただくものでも、これだけ気品に満ちているのか、と感心させられる。

具材の切り方も店主の誇りと思いやり。
細か目に切ったたっぷりのキャベツが、少し細めの麺にうまく絡む焼そば。これがこの店でもう一つの絶品だ。「店に来はるのは、若い子たちも多いんです。せやし知らんまに全部食べてしまえるように、細かく切ってるんです。こうしたら、絶対残さしはりませんえ(笑)」。
なるほど、粗いキャベツとは違い、口当たりよく具材に馴染む焼きそばは、しっとりと食べやすくて美味い。吾妻軒の鉄板に、何も残らないのも納得だ。「難しおへん。慣れたらどなたでもできます。私はこれしかできませんけど(笑)」。
跡継ぎがいない彼女は、自分が元気な限り、この店を続けていきたいのだそう。「母から私に代が替わっても、お客さんはそのままです。よう知ってるご近所のみなさんが、ずっと贔屓にして来てくれはるんですよ(笑)」。かつて、織り屋に勤めていた常連さんが、今も時おり吾妻軒に訪ねてくる。そして変わらず美味しいお好み焼と焼きそばに安心し、癒されて帰るのだろう。

吾妻軒
TEL
075-463-0465
ACCESS
京都市上京区千本通一条上る泰童片原町661
最寄りバス停
千本中立売
営業時間
12時~20時
定休日
月