食べていけへんけれど、食べてけたらいいねん
おや、こんなところに食事処が。老舗の佇まいに惹かれてふらり入ると、店内に漂う甘いシャリの香りが寿司屋であることを教えてくれた。
注文を告げると特に急ぐでもなく、「あうん」の呼吸で淡々と仕事をこなす夫婦。よくよく見ると、なんと、ちらし寿司の注文を受けてから錦糸卵を焼いているではないか。
街中から離れた岩倉という場所のせいなのか、忙しいはずの昼時も終始のんびり。注文が立て続けに入っても焦る様子はない。こんな商いの仕方もあるのかと正直驚いた。

事前に予約の連絡をすれば希望時間に仕上げてくれる。
高卒で寿司職人に
経験ゼロからのスタート
開店は1963年。地下鉄開通前で、岩倉にはなにもなかった頃だ。
「バスもなく、あるのは叡電だけ。ちょっと通りを出たら宝ヶ池が見えてね」。
店主の三宅良彦さんが岩倉に引っ越して来たのは小学6年生のとき。中学生になると母親が職人を雇い、この場所で寿司屋を始めた。近所の人からは「なんでまたこんな辺鄙(へんぴ)な場所で店を」とあきれられていたというが、周辺にはスーパーがなく魚料理がしにくい環境が功を奏してか、店は忙しかった。
しかしほどなくして職人が辞めることになり、母親の頼みで長男の良彦さんが跡を継ぐことになったのだ。当時、吉彦さんはまだ18歳。料理はもっぱら食べる側で、調理経験はみじんもなかった。「料理の基礎は、たまたま店の常連だった料亭の板前に教えてもらいました。大変やったね。見よう見まねで。でも、魚をおろすのは上手にできたね」。
無我夢中で仕事を覚えた。時は流れ、スーパーの出店で出前の数が減り、学生向けの丼や麺も出すようになったのが28年ほど前。妻の美千代さんとともに「なんやかんやと」50年やってきた。

待ってくれるお客さんが
いるから「仕事」ができる
「持ち家で家賃の心配はいらないので、値段はほぼ上げていません。なによりお客さんからがっかりされたくなくて」。
客の大半はご近所さんをはじめとした常連客。確かに、寿司と麺のセットでも学食かと思うほどに安い。かといって手も抜かない。冷凍の錦糸卵を使う店も多いが、すし芳では必ず注文を受けてから焼き上げる。もちろん手間暇をかけたほうがおいしいからだが、理由はそれだけではない。
「お客さんが待っといてくれはるから錦糸卵を焼けるんです」。
ここで夫婦ふたり、のんびり商売できたらそれでいい。そんな気持ちでやってきた。「おいしい」と言われるのが一番うれしいと話す美千代さんに対し、「本当にそれだけやな」と頷く良彦さん。
「食べていけへんけれど、食べてけたらいいねん」。金儲けを第一にするのではなく、自分達の価値観を大事にして生きていきたい。「足るを知る心」。そんな言葉が、ふと頭に浮かんだ。

すし芳
TEL
075-701-1507
ACCESS
京都市左京区岩倉三宅町47-4
最寄りバス停
岩倉大鷺町、岩倉三宅町
営業時間
11時~18時半
定休日
月