自分の好みだけでなく多様な価値の選書。
恵文社一乗寺店をはじめ、魅力的な独立系書店や古本屋が多く集まる本のまち。そんな一乗寺に2024年夏、変わった本屋が誕生した。名は「一乗寺BOOK APARTMENT」。略して「一乗寺ブクアパ」と呼ぶ。
通信社を早期退職 第2の人生は京都で
店主の北本一郎さんにとって、左京区は大学時代を過ごした場所だ。故郷である福岡を離れ、京都大学法学部へ。在学中には学内で開催されていた読書会を通じ、水俣病といった社会問題にも触れた。時はバブル。銀行や商社に就職する同級生も少なくないなか、北本さんは新聞記者を志して共同通信社に入社した。
34年にわたる記者人生。記憶に残っているのは被爆地広島での取材だ。
「あれは戦後50年の1995年、原爆被爆者の取材ですね。報道記者として、世界平和の役に立てているかなと初めて思えた体験でした」。
58歳で会社を早期退職し、東京から、本屋開業のため思い出の地である京都に舞い戻った。早期退社の理由を聞くと「やりたいことはひと通りできましたし、社内政治は苦手。だから仕事を変えようと考えたんです」。そこで思い浮かんだのが、小さい頃から生活の一部になっている本屋だった。学校帰りに近所の本屋に立ち寄る。その習慣は社会人になってからも続いていた。


知らない本に出会えるシェア型書店
北本さんは、開くなら「シェア型書店」がいいと感じていた。まるでアパートの一室のように、店の棚を貸し出す。そこで棚主は好きな本を販売できる。このスタイルがシェア型書店だ。東京にあるシェア型を訪れたところ、趣味嗜好が違う者同士が、本を通じてつながる本屋体験に、これまでにはない喜びと可能性を感じたという。

「私は、本は好きだけど精通しているわけではない。自分の好みだけでなく多様な価値で選ぶ本に興味を持ちました」。
従来の書店では、選書者が興味のないジャンルの本を集めるのが難しい。でもシェア型ならば、多様な価値観に基づいて選書ができる。棚主はブクアパに売り上げではない価値を感じているから出店しているのではないかと、北本さんは手応えを感じている。実際、55ある棚は1月末の時点で満室。棚には、自作の本や推しの書籍、趣味の世界を集めた本など、熱い想いが30センチ四方の世界で発揮されている。棚から伝わるメッセージにつられて、試しに一冊読みたくなる。そう、この棚は、棚主にとって表現の場なのだ。
「自分がまったく知らなかった本がどんどん集まってくる。いるだけで世界が広がる感じがしておもしろいです」。
読むべき本は、これまでの購入履歴から導き出されるとは限らない。本と、その先にいる人との偶然の出会いが、人生をより豊かなものにしてくれる。

一乗寺BOOK APARTMENT
ACCESS
京都市左京区一乗寺大原田町23-15
最寄りバス停
一乗寺高槻町、高野
営業時間
13時~20時(金~21時)
定休日
月、火(祝日は営業、代休あり)