やれる範囲で、できることをする
軒先の看板には「珈琲・お茶・音楽」の文字。地元では名の通った音楽喫茶で、毎週月曜にはアイリッシュ音楽のセッションが行われる。ドアを開けると……そこには山と自然と自転車を愛す、人のいいマスターの姿がいる。渋谷修さんだ。

整備士、山登り専門店を経て
ジャズ喫茶で癒される
高校時代、バイクと山登りに夢中だった渋谷さん。バイクは乗るのもいじるのも好きで、卒業後は自動車整備士の資格が取れる職業訓練校へ進んだ。整備士になるべく学んでいたある日、渋谷さんは交通事故を目撃。車というものの危険性を顧みて、免許を返上するほどショックを受けた。
渋谷さんのもう一つの趣味は山登り。高校のワンゲル部で得た知識を生かし、アウトドア用品の販売店に転職した。バイトを経て正社員となるが、次第にジレンマを抱えるようになる。
なぜなら、職場では登山用品がどんどん発売され、より新しい商品をたくさん売るようハッパをかけられる。しかし、大好きな山に登ると、ごみが目につく。大量生産される登山用品を売ることと、環境破壊が結びつき、後ろめたさを感じた。
ジレンマに悩むとき、友人に誘われてジャズ喫茶なるものに足を踏み入れた。音楽が流れる中、ゆったりとしたひと時を楽しむ。会社帰りに通い詰めたそう。
「唯一、ホッとする時間でした。こんな店を誰もが求めていて、自分にできる社会貢献はこれじゃないかと感じました」。
自分のできる範囲で
環境に配慮した生き方を
それからの行動は早かった。貯蓄を元手にボロボロの物件を購入。改装には古材や廃材を活用して、木の温もりを感じる内装を目指した。渋谷さんは仲のいい大工の手を借り、理想の店を作り上げた。
店のBGMは、当時流行していたブルーグラス。スコッチ・アイリッシュの伝承音楽をベースとするアコースティックな音楽だ。店はすぐに音楽好きの若者たちの心をつかんだ。卓上には落書き帳が置かれ、客が熱心に文字を綴る。ウッドノートには「森の調べ=小鳥や小動物の鳴き声」という意味があるが、落書き帳の文字は言うなれば客たちのさえずりだろうか。

「自分ができる範囲で、社会に必要なものを提供したい」。渋谷さんは日々学びながら、店を確立させていった。まずはコーヒー。業者の社員に働きかけ、当時めずらしい有機栽培のコーヒー豆を仕入れる。さらに、店内でリユースやリサイクルを紹介するコーナーも作った。
「人間なんて自然界のくずのようなもの。そう自覚すれば、おのずと生き方や店のありようが決まる」。
休日は常連客と山歩きや古墳巡りに向かい、月曜はアイリッシュ音楽を奏でることもある。毎日を楽しみながら、さりげなく社会貢献をする。渋谷さんの、肩の力の抜けた姿は、店の居心地のよさに反映されている。

喫茶 ウッドノート
TEL
075-722-9302
ACCESS
京都市左京区一乗寺大原田町23-3
最寄りバス停
一乗寺高槻町、高野
営業時間
12時半~23時
定休日
火