古い本を次の人に渡す仕事
西陣の、車も通らない細い路地に、「町家古本はんのき」はある。3つの古書店が共同経営するという他に見ないスタイル。店舗は文学や演劇・映画に強い「空き瓶Books」、ミステリーや日本文学を揃える「〇〇’s Den Books」。そして2016年にはんのきが始まったときからの古株が、「古書ダンデライオン」。
「ダンデライオンが強いのは人文・哲学系です」と話すのは店主の中村明裕さん。重鎮揃いの業界で、41歳の若さながら京都府古書籍商業協同組合の機関誌部長を務める。中村さんは気さくな笑顔を見せるが、横顔にはわずかな気難しさを湛(たた)えて、古書の主の風格が静かに漂う。

大学時代に哲学を学び
お茶屋を経て古本の道へ
中村さんは1981年福岡生まれ。読書好きの子供だった。「九州から出たい」と同志社大学文学部に進学、哲学倫理を専攻する。大学2年から祇園のお茶屋さんで、バーテン兼黒服としてアルバイトを始めていた。一流のお客さんが遊ぶ、京都特有の世界がおもしろかった。色々あって大学を辞めたあとも含め、計6年間祇園で働いた。そのあいだも、本は読み続けていた。足繁く通ったのは寺町にあった「三月書房」。古書はすでに一定の在庫をもっていた。
お酒も好きで、夜の世界は楽しかったが、仕事でも普段でも飲酒する生活がたたり、体を壊しかけたのをきっかけに、大好きな古本に本腰を入れることにした。ネット上で書店を始められる時代に、2009年、27歳のときリアル店舗「はんのき」を構えることに。当初は寺町通と小川通の交差点近くにあり、古本好き3人を誘い合わせての共同経営だった。
「大阪にある女性4人が経営する『ちょうちょぼっこ』という貸本喫茶を参考にしました。実際の店舗でいろんな本を見て欲しい。昔の本に『こんなおもしろいもの、美しいものがあるのか』と感激があるはずですから」。

「いい本が消えていく」
根底にあるのは危機感
当初の場所での「はんのき」の営業は2015年に一旦終了。2016年から現在の西陣の町家に移り、今に至る。
中村さんは、著者、編集者、装幀家、出版者、校正者、印刷所と多くの手がかけられる本は「人の手で作られる贅沢なもの」だと話す。本という大きな文化の営みからすると、新刊書店に並ぶのはごく一部に過ぎない。「いい本が流通せずに、消えていってしまう」という危機感がある。だから古書店は必要なのだ。
「本はなくてはならないもの。何千年も前の人の考えがわかるし、自分の考えだって書き残せる。古い本を、次の人に渡していくのが、私の仕事です」
編集Kは中村さんの話を聞いて、古書の見え方が変わった。すべての本はいずれ古書になる。より真摯に本作りをしていこうと襟を正した。この小さな町家には、豊かな古書の世界が広がっている。

町家古本はんのき
(※現在「町家古本はんのき」は閉店。「古書ダンデライオン」はオンライン古書店として営業中。)
最寄りバス停
七本松出水、七本松仁和寺街道