大好きな金工で生きるための工夫
平たい小さな延べ棒が、3時間かけてきれいな正円を描く。ピカピカに磨いて薬指にはめれば、世界でたった一つのエンゲージリングのできあがり。
一生ものの指輪を自分で製作できるとあって、工芸工房・鎚舞(ついぶ)の指輪づくり体験教室が話題を呼んでいる。人気のあまり、東京・表参道に出店を果たした。

職人が生徒に教えられた
「シンプルな指輪でいい」
指輪の体験教室を始めたのは、彫金(ちょうきん)職人の中村鎚舞さんだ。中村さんは江戸期から7代続く、鍛金(たんきん)や彫金の金属加工を手がける竹影堂に生まれた。三兄弟の次男で、兄も弟も同じく金工職人だ。
「画家になりたくて、日吉ヶ丘高校美術工芸科で日本画を勉強しました。兄弟2人は15歳で弟子入りしていますが、僕が彫金を始めたのは21歳。奥手ですよ」。
20代は、実家の竹影堂で茶道具など伝統的工芸品づくりに精を出した。
「父も兄弟も職人気質。腕はあるけどプライドも高くて、商売があまりうまくないんです。25歳ぐらいで『茶道具・工芸品ばかり作っていて大丈夫なのだろうか』と心配になり、宝飾も勉強しました」。
そして30代で独立。竹影堂の目と鼻の先に工房を構えた。彫金教室も始め、しばらくして体験教室も始めた。
「2年間通ってくれた生徒さんが『最初に作った銀の指輪が、いちばん楽しかった』と話すんです。僕は職人だから、石や紋様を入れて高度な技術を使って、指輪を作ってもらいたいと思ってしまう。でも生徒さんは、シンプルな指輪作りが楽しかったと」。
その頃から、試しに始めた一日体験教室の来客数が増えていった。中村さんは体験教室を経営の柱にしていく。

3時間で左の完成品に。「彼女が変わるたびに、一緒に指輪を作りにくる男性もいますよ(笑)」
長い歴史を踏まえて
手作業をつなぐ
「でもね、僕が本気でやりたいのは彫金。指輪づくりは、大好きな金工をしながら生きていくための手段です」。
工房をぐるりと見渡すと、弟子たちがめいめい作品づくりに没頭している。
「僕が彫金できちんと食べながら、その道を追求していくことが後に続く人間の参考になる。ひいては金工の技術を後世に伝えていくことにつながると思う」。
中村さんには、出土した文化財の再現依頼が寄せられることもある。
「手作業じゃないと、製造行程の再現ができないんです。機械による精密な加工技術はもちろん大事。一方で、誰かが原始的な手作業をつなげていかなきゃいけないと感じています」。
中村さんは、金属の素材としての魅力は悠久の歴史にあると話す。
「太古の昔から、農具や武器が金属で作られてきました。銅や銀は数千年以上、金は永遠に残る。加工は難しいけれど、その性質は他にありません」。
確かに今、便利に生活できるのも金属があるから。世界の文明は金属とともにあったと言っても過言ではないのだ。

ついぶ京都工房(旧 鎚舞)
TEL
075-223-4122
ACCESS
京都市中京区押小路通麩屋町東入橘町617
最寄りバス停
京都市役所前
営業時間
彫金教室の開始時間10時、14時
定休日
年末年始