百姓の心を代弁する料理人
京都の山の幸を慈しみ、
その相性を知り尽くす。
「今朝、私が見た山の景色なんです」。そう言って山紫陽花があしらわれた八寸を客に差し出すのは、草喰なかひがしのご主人、中東久雄さん。97年の創業以来、彼の一日は、毎朝上賀茂の麓にある畑に行くことから始まる。「野菜を見に毎日山へ行きますが、季節や天候で日ごとに風景は変化します。お客様をお連れすることはできないので、少しでもその日の山の美しさをご紹介したい」。日本料理の醍醐味は何よりも季節感。茶会のごとく一座建立でいただく、「なかひがし」の席には、いつもその日の花が飾られ、その日の食材が主人によってもてなされるのである。

お百姓の代弁者としての
料理人という存在。
「私たちは野菜じゃなく土を作っている」。開業前、食材を求めて美山に行ったとき、一人のお百姓さんから言われたこの言葉が忘れられないと中東さんは言う。
「良い土を作れば神様が良い野菜を恵んで下さる。でもそう簡単にはいかない。台風が来たり、収穫間際に獣に荒らされることも。だから形が良いものだけじゃなく、出来過ぎたもの、足りないもの、食材すべてをどう使えばいいかを考えるのが、料理人の役目だと思うようになったんです」。あるときは人参の葉をシャーベットに、またあるときはその花の美味しさを客に伝える。少し形が悪い実はつぶしてジャムにすることも。
「食べるのは一瞬。料理は少し時間がかかるかな。でも何より、その作物の成長に費やす時間は長い。だから少しでも無駄にしたくない」。中東さんのもてなす一品一品には、まさに、その作物を育てたお百姓の心が代弁されているようだ。
「今は、皮一つ、実一つが愛おしいと感じます。葉っぱも花も実も、全部使って美味しいものを作りたいですね」。

メインディッシュはご飯とめざし。
おくどさんとの出会い。
「本日のメインディッシュです」。
そう言いながら、中東さんが笑顔で差し出す恒例のもの。それが、ご飯とめざしである。「こんなに毎日食べても飽きないもの、他には無いでしょう」。
店の構想を考え始めていた20年前、中東さんは、信楽の友人から、ご飯釜を作ったから食べに来ないかと誘われた。「とにかく美味しかった。今思えばおくどさんの味だったんですね。底のお焦げの香りがしました。これを店に出したい!と思いました」。
このご飯を一口食べて、カウンター越しに台所とご飯釜が見える「なかひがし」の情景が、すぐに浮かび上がったという。

「どうしたら美味しくなるか、食材がすべて教えてくれます」。京都の山野で育ち、誰よりも山の幸を慈しみ、それに一番相性のいいものを知り尽くす。生産者を敬愛しつつ、客人の心身を満足させる技を併せ持つ唯一の料理人。
「かたければ、やわらかくしてやればいい。臭いが気になるなら、それを取ってやればいいんですよ」。
この店で、草の奥深さに出会い、鯛より旨い鯉の味を知った人は数知れない。中東さんが京都にいることを幸せに思う。
草喰 なかひがし
TEL
075-752-3500
ACCESS
京都市左京区浄土寺石橋町32-3
最寄りバス停
浄土寺、銀閣寺道、銀閣寺
営業時間
12:00〜13:00
18:00〜19:00
定休日
月曜日・隔週火曜日(要問合せ)・月の最終日