自分の料理においしいと言われたい
1910(明治43)年に現在の当主・中野義和さんの祖父が仕出し屋として開業したうを弥。酒蔵をはじめ、得意先には地元の名士が名を連ねる。お弁当や会席の仕出し、出張料理。地城密着の仕出し屋として、三代にわたり信頼を積み重ねてきた。妻の初代さんとともに店を営む。

まさに初代さんあっての「うを弥」である。
料理人が集う研究会で
「常の通り」の重みを知る
現在75歳の中野さんがこの道に入ったのは18歳のとき。丁稚が20人もいる、京都の老舗料理屋で見習いとなるが、1年で退職。その後は実家の父のもとで修業をした。腕を磨いたのは、料理人たちの勉強会である「京都料理研究会」だ。
研究会の開催は月に1回、毎回講師が立って、課題の料理作りに取り組む。ここで中野さんは、同じ京料理でも地域によって味付けが大きく異なることを知る。
しかし講師の料理人は、作り方は教えても、模範となる味付けを細かく指導をすることはなかった。「味付けは、常の通りに」。つまり、いつも通りに。調味についての指示は、毎回それだけだった。
中野さんの「常の通り」は、祖父や父が築き上げた「伏見の味」。伏見の人たちが愛する、冷めてもおいしい「仕出し屋の味」だ。中野さんは研究会で「自分の味を守ること」の大切さを学んだ、と述懐する。
自分は仕出し屋
胸を張って「ええもん」を出す
中野さんののびのびとした人柄は、訪れる人を魅了する。支える愛妻の初代さんにかける言葉は、どこまでも優しい。「儲かる儲からないは別として、ええもんを出したい」と笑顔を見せる。
実際、ランチの豪勢さに編集部は驚いた。この日は天然の甘鯛造りに、鰈の唐揚げ、焚合わせなど。たっぷりとしたご馳走そのお値段は1300円なり。お値打ちは仕出し屋だからこそ。中野さんは言う。
「うちは料理屋ではないんです。料理屋には仲居さんがいて、季節のしつらえで客をもてなす。料理と空間や接客も含めて、総合的な場所とは全然違うんです」。

謙遜でも自嘲でもなく、中野さんは矜持を持って「自分は仕出し屋」と胸を張る。仕出し屋は、冷めてもおいしい料理をつくるだけではない。得意先とのつながりを大切にし、親子何代にもわたり、その家に合わせてコミュニケーションを重ねる。それが中野さんの思う仕出し屋だ。
「伏見のお客さんはシビア。値段にもうるさいし、文句も多い。でもその人たちに喜んでもらえるよう、『常の味』を作ってきた。自分の料理にただおいしいと言ってもらいたいだけ」。

厨房に立つ夫の姿をずっと見てきた初代さんは「鯖の骨切りの音を聞くだけで、夫の調子がわかる」と話す。
中野さんは健啖家だ。「酒で腹をふくらませるのは嫌い」で、自分のお客にも、自慢の料理をお腹いっぱい味わってほしい。この考え方も仕出し屋だからこそ、だ。
ただし、常連でにぎわう夜のカウンターは別。「ちょっと上質なもの、高いのばっかり出す」と笑い、「絶対お昼に来て!」とおどける。まずは昼の暖簾をくぐることから、おすすめしたい。
京料理 うを弥
TEL
075-601-0767
ACCESS
京都市伏見区伯耆町1
最寄りバス停
西大手筋
営業時間
11時半~14時
17時~21時(夜は予約のみ)
定休日
水