
2025年7月11日(金)から21日(月・祝)まで、THEATRE E9 KYOTOでは「田中泯|名和晃平“『彼岸より』映像作品上映会”」が開催される。これは、2024年1月に山梨県甲府市で上演された、ダンサー・田中泯と彫刻家・名和晃平による初のコラボレーション作品《彼岸より》を、舞台の臨場感そのままに映像化したものだ。上映会初日、田中と名和、音楽担当の原摩利彦によるトークショーが開催され、3人のアーティストがそれぞれの視点から《彼岸より》の創作過程と根底にある思いを語り合った。
名和は大学時代、「アートキャンプ白州」(1994)に参加し、田中の「場踊り」という概念、その自由な創作への取り組みに触れたことが、自身の彫刻家としてのルーツだと語る。一方、長年にわたり名和の美術作品に注目してきた田中は、2021年SCAI THE BATHHOUSEで開催された名和の個展、「TORNSCAPE」を見たとき、「ここで踊りたい」という衝動にかられ、告知なしで踊ったことを懐古した。その偶然がきっかけとなり、互いの創作活動に惹かれ合う熱量が、昨年1月、山梨県甲府市での《彼岸より》を実現させた。
「踊りは『場所』そのものをテーマにするもの。人間が何も持たずにできる唯一の表現」。そう信念を語る田中は、今作において、名和の提案をすべて受け入れるアプローチをとった。それは、足元が歪み、霧が流れ、傾斜がある「人生でもっとも踊りにくかった」という環境。その中で、能登の震災で感じた気持ちも共有しながら、自身の内から湧き上がるものを即興で表現したと振り返る。

名和は、田中の「場踊り」をいかに劇場空間で具現化するかを追求し、自身の彫刻的視点で時間と物質が交錯する空間を生成。泥漿や霧といった物質の表情を気象現象的に刻々と変化させることで、まるで素材自体が踊り出しているような舞台環境を創り出した。その上で、「泯さんの踊りに合わせて、即興で光や霧、音を制御した」と語る。リハーサルのない本番限りの田中の踊りと呼応しながら、舞台に奥行きのあるサウンドスケープを構築するのは、音楽家の原摩利彦だ。今作で原は「葉の上で転がる小石のような繊細な音」を田中から求められたそう。「そこから、音の風景が見えてきた」と振り返り、人工的な音だけでなく、自然界の音を取り入れながらも、擬似的な再現に終わらない独自の音響空間を見事に作り上げている。

映像作品では、踊る田中の表情や指の動きまでを、さまざまな角度から微細に捉えている。特に、俯瞰からの映像は素晴らしく、霧の中で天を見上げる田中と舞台美術のハゲタカ、原のサウンドが一体となるシーンは、映像でしか見られない造形美だ。
《彼岸より》というタイトルは、見渡すと多くの友人が他界したと自覚する田中が、自分もいつか「向こう岸」へ行くことをイメージしたことからつけられた。絶え間なく変化し続ける身体と精神、そして親しい人々との別れを通じ、生命を更新し続ける営み。即興によって生まれる舞台《彼岸より》を、リアルに多角的に捉える映像作品の希少さを感じた。


※撮影はすべて井上嘉和 (トークショーをのぞく)