24時間、豆腐のことを考えています
関東の中学生の大半が、修学旅行で初めて京都に訪れる。横浜出身のライターKは南禅寺で豆腐観が変わった。「本場の豆腐は、甘くておいしい!」。赤銅の鍋に揺れる四角い白は、今も記憶に残る。
大本山南禅寺御用達(なんぜんじごようたし)の名の通り、門前の湯豆腐料理店に豆腐を卸している。岡崎道から北へ、金戒光明寺(こんかいこうみょうじ)と真如堂(しんにょどう)を通り過ぎた坂道の途中にある。

「僕らの名前は出なくても、卸先様が繁盛してくれたらなによりもうれしいです」
炭火で焼き豆腐を
家業手伝う三代目
創業明治43年(1910)、代表取締役社長の服部一夫さんは3代目だ。1947年生まれ、子どもの頃から家業を手伝うのが当たり前だった。
服部さんが小学生だった1960年代、最も忙しいのは年末だったと振り返る。うなぎのかば焼きのように豆腐に串を刺し、炭火であぶって焼き豆腐の焦げ目をつけるのは一夫少年の仕事だった。年末のおせちに入れるためである。
「当時のおせちは、元旦の午前0時までかけて作るのが一般的でした。それに合わせて豆腐屋、八百屋、魚屋、銭湯。みんなが夜中まで店を開けていました」。
当時の商いは順風満帆(じゅんぷうまんぱん)ではなかった。
「自分が小学校のとき、親父の得意先ががくっと減ったときのことを、今でもよく覚えています。当時の南禅寺の湯豆腐屋さんに父親と一緒に今で言う『営業』に行った記憶があります」。
豆腐とともに育った服部さんだが、本腰が入るのはもう少し時間が必要だった。

「オリーブオイルと塩で食べても負けない、甘くて濃い味にしています」。
昨日よりおいしく
上を目指し続ける
28歳で結婚して、仕事への本気に火が付いたのは35歳の頃だと振り返る。
「取引先が増えるなかで、うちの商品がおいしいと評価されているのか、疑問を持つようになったんです」。
凝り性の探求は大豆、にがり、水、製法すべてに向かった。国産、アメリカ産、原料と炊き方を試した。青島やイスラエル、沖縄からにがりを取り寄せる。熟成豆腐がうまいと聞いて長野に注文し、にがり100%で豆腐を作る機械があると知って九州までに見学にいった。川端康成の随筆で一躍有名になった、嵯峨(さが)のやわらかい豆腐も研究した。温度、攪拌(かくはん)、天候、水質……。「24時間豆腐のことを考えている」という服部さん、いちど豆腐の話を始めたらもう止まらない。
「60歳超えて、ようやく豆腐づくりの難しさがわかりました。小児科医と同じで、経験の積み重ねで、点で対処していた知識が線になってきた感があります」。
食事の際に、その日作った豆腐とみそ汁、お揚げを食べておいしいと、ホッとすると服部さんは話す。
「お客様にとっては味がすべてです。食べてがっかりさせたくないんです」。
この半世紀で築いた安定経営に甘んじず、「昨日よりよりおいしい豆腐を」と上を目指す姿勢には圧倒される。果てしない向上心で、服部さんは食べる人を感動させる「本物」を作り続ける。

服部食品
TEL
0120-866-737
ACCESS
京都市左京区黒谷町3番地
最寄りバス停
岡崎道
営業時間
[小売] 8時~16時
定休日
水