地元の人に愛されたおかげです。
「おいしい柴漬け知ってる? 」と聞かれて、京都人ならすぐにお気に入りの味を挙げられるだろう。ナスとキュウリの配合、味つけは店ごとに違う。
柴漬け「おらがむら」の特徴は、ほどよい酸味のぱりぱりキュウリだ。ミョウガ、ナス、ショウガ、シソの葉がリズムを変える、具材の絶妙な組み合わせ。地元住民をはじめ、多くの京都人に熱烈に支持される漬物屋がニシダやだ。


富士自転車にミゼット。
溺愛された幼少期
ニシダや一代目の辻村安右衛門さんは、農家の四男として生まれた。小学生のときに泉涌寺道近くの八百屋「西田生果店」に丁稚奉公に入る。
1936年、安右衛門さんは27歳のときに独立、奉公先の近くで漬物屋を構える。太平洋戦争で兵役にとられ、ビルマからの復員後、親戚に預けた2人の愛児を病気で喪(うしな)ったことを知る。失意の底にあった1949年、41歳でできた息子が2代目当主、辻村安太朗さんだ。
「もうね、親父にはむっちゃくちゃ可愛がられました。小学校のときに欲しかったのが、当時人気だった富士自転車。『他の子が持っている』って言ったら、次の日枕元に置いてありました」。
辻村さんが初めて三輪自動車ミゼットを運転したのは小学6年のとき。父親に「乗ってみたい」とおねだりをすると、人が通らない山科の坂道に連れていかれ、こっそり運転席に座らせてくれた。
「下り坂で、自分でハンドルを握ったときの興奮は今もよく覚えています」。

「油断しちゃいけんぞ」
自分の味に自信をもつ
1960年代に入り、祇園のお茶屋や西陣からの注文が急増した。伊丹十三と宮本信子のドキュメンタリー旅番組『遠くへ行きたい』で取り上げられたこともあり、「おらがむら」が全国的に爆発的に売れ始めたのは辻村さんが中学校に上がる頃だった。忙しい父親の後ろ姿を見て「はよ手伝わんとかわいそう」と感じた辻村さんは、自発的に毎朝3時に起きて漬物桶に向かうようになる。
「朝に得意先に配達してから行くから、高校に着いたら眠くてしかたない。午前中は寝てました。開き直って、職員室で漬物の注文を取りに回りました」。
卒業後はそのまま家を手伝い、21歳で結婚、家業を継いだ。自分の味にまだ自信がもてなかった20代半ば、父と行った焼肉屋で忘れられない思い出がある。
「最後に、白いごはんとうちの柴漬けを出してくれました。そうとは知らずに食べた親父が、急に怖い顔になって言ったのです。『おい安太朗、油断しちゃあかんで。この柴漬け、うちのよりうまいかもしれん』と。もう大丈夫だと思いました」。
以来、安太朗さんは味を守り続ける。
「地元の人に愛されたのがよかったんやと思います。『売れすぎてまずくなった』、『親父が死んだらまずくなった』とは絶対に言われたくないですね」。

ニシダや
TEL
0120-582-481
ACCESS
京都市東山区今熊野池田町6
最寄りバス停
泉涌寺道
営業時間
9時~17時
定休日
不定休