最初の5蔵は友情の証
妻の北川麻耶子さんは夫・琢也さんの人柄をこう評する。「人生楽しくないと、生きている意味がないと思っている人」と。琢也さんは笑って応える。「判断基準は、楽しいか、楽しくないか、だね」。
北山通の一本北側。東西の通りに、北川琢也さんが当代を務める「まつがさき商店」はある。二方の壁を囲む冷蔵庫には日本酒とワインがずらり。黒が基調の内装は新しいが、創業は1945年だ。祖父が創業した「松ヶ崎食糧販売所」。父の代で米と牛乳を扱う「北川米穀店」となり、3代目の琢也さんの代で、現在の屋号「まつがさき商店」に改名した。

ラグビー、そして全国の
酒蔵の後継者たちとの出会い
見上げるほど大柄の琢也さんはラガーマンだ。スポーツ推薦で東京農業大学に進学。所属は酒蔵の後継者が多く在籍する農学部醸造学科(当時)だった。
といっても、ラグビー漬けの大学生活で、勉強はそっちのけ。同じ学科の同級生たちとは毎夜のように酒を酌み交わした。
卒業後は京都に戻り、「お酒を扱うのは楽しそう」と、大手酒屋のリカーマウンテンに入社。醸造学科卒が見込まれてクラフトビール工場に配属された。「大学でまじめに勉強していた同級生にたくさん相談しました」と笑いながら振り返る。
ビール造りは楽しかったが、サラリーマン生活が性に合わず、2年ほどで退職。以降は家業である米と牛乳の配達を手伝いながら、「みんなが楽しくなれることがしたい。この場所を生かしてなにができるだろう?」と手段を探っていた。
琢也さんが30代に入り、時機は到来した。それまでハードルが高かった酒類販売免許の取得条件が緩和されたのだ。そのタイミングはちょうど、醸造学科の級友たちが家業を継ぐために、修業先の蔵からそれぞれ地元に帰る時期と重なった。

級友たちの酒を販売
地域住民に愛される酒屋
2005年、32歳で念願の酒類販売免許を取得。しかし実績ゼロの酒屋と取引をしたがる蔵は少なく、最初の品揃えはたった5蔵だった。すなわち、その5蔵は東京農業大学の級友たちの蔵だ。「酒屋を始める」と伝えると、二つ返事で酒を送ってきてくれた。友情の証だ。
時とともに、級友たちの蔵も知名度が上がり、取引先も約20蔵に増えた。酒屋として歩んだ18年は、銘を見れば顔が目に浮かぶ級友たちとともにあった。
そして今。地名を冠したまつがさき商店は、角打ちと呼ばれる立ち飲みスペースを備えている。夜な夜な地域住民が集まる場には、お酒を片手におおいに楽しむ店主と麻耶子さんの姿がある。「妻は日本酒が苦手、でも白ワインならいける。僕はラグビー好きなので、ニュージーランドのワインを仕入れようと決めました。品揃えを増やしています」。
「判断基準は、楽しいか、楽しくないか」。そんな琢也さんのまつがさき商店には、楽しい人と酒との出会いがある。●

まつがさき商店
TEL
075-701-4486
ACCESS
京都市左京区松ケ崎壱町田町1-12
最寄りバス停
松ヶ崎駅前
営業時間
13時~20時(立ち飲みは要問合わせ)
定休日
日・祝