「日常の所作を大事にして、素材本来の味を引き出す」。
「ハンケイ500m」vol.32の6ページで登場した中村軒の裏手、焦げ茶の糸屋格子の前に、酒と墨書された麻の小旗がぶらりと垂れている。中村軒主人の中村亮太さん曰く「酒が好きで朝が苦手な弟」が営むそば屋だ。
細身の調理衣に坊主頭で出迎えてくれたのが、隆兵そば店主の中村隆兵さんだ。

福井の禅寺で修行
影響を受ける
大谷大学の哲学科に進学したが、「授業は眠気との闘い」。酒屋のアルバイトがきっかけで、飲食業に興味が湧いた。
東京の和食店で働いたのち、精進料理を知りたいと思った。25歳のとき福井県小浜市にある古刹(こさつ)、曹洞宗仏国寺の門を叩いた。雪深い禅寺で毎朝3時起床、掃除と座禅で一日が始まる。30人ほどの修行僧と寝食をともににして、厨房を手伝った。中村さんは、自分の価値観をひっくり返される感覚を味わった。
「老師さまは『自分をもつな』とおっしゃる。僕は『なんでも自分を主張していくのがかっこいい、自分をもたないなんて死んだやつと同じ』と思っていたから、最初はまったく意味がわからなかった。でも禅寺で仕事をするうちに、意味がわかるようになってきたんです」。
禅寺では自分たちで野菜をつくり、トイレからくみとりをして、肥として循環させている。だからこそ、大根一切れの大切さが身に染みた。すべてに一貫した姿勢、その徹底ぶりに感銘を受けた。
「冷蔵庫をていねいに閉める、姿勢を正して包丁をもつ。日常の所作を一つひとつ大事にすることが、素材本来の味を引き出すことにつながると思うのです」。

自分と世間の好み
迷って理想に近づく
日本中からめずらしい食べものは取り寄せることができるが、毎日食べたら疲れる。中村さんは「なぜこの場所で、この素材を提供するのか」を考え抜く。
隆兵そばでは「その地に合う料理は水が決める」と考えている。鯉や鮎、ウナギはこの地に湧く井戸水の生簀(いけす)に泳がせてから料理に使う。
「『なにがおいしいか?』ではなく『おいしいとはなにか?』がテーマです。前者の命題の立て方は素材中心主義。枕崎のかつお節と利尻昆布を揃えた途端に、安心してしまう。でも人によって『おいしい』は最終的に違います。それでもなお『おいしい』と言ってもらえるものとはなにかを、考え続けています」。
中村さんは迷ったとき、仏国寺の老師さまに教えを請う。自分が好きなのはつゆとの相性がいい、さらりとしたそばだ。しかし味の濃い太めのそばが流行の全盛となったとき悩んだ。自分の好みと世間の流行、どちらを目指すべきか。
「老師さまに尋ねたところ『両方だ』と。『すべてひとつ、すべてよし』なのだと」。
両方のスタイルを取り入れたコースは、そばそのものの幅広さを味わう八寸で始まる。創業12年、ようやく理想に近づいてきたと、求道僧は白い歯を見せた。

隆兵そば
TEL
075-393-7130
ACCESS
京都市西京区桂浅原町157
最寄りバス停
桂大橋、下桂
営業時間
11時〜18時半(売り切れ次第閉店)
定休日
火、水、毎月18日