生地が一番、難しい
訪れた客の大半が異口同音に「黒みつだんご」と言う。3時のおやつか、それともおもたせか。皆、満足げに袋を抱え、店を後にしていく様子が印象的だった。

最初は脇役だった
「黒みつだんご」
1940年、昭和15年創業。当主でいまも現役の和菓子職人である佐嵜(ささき)史郎さんは2代目、初代との間に血のつながりはない。滋賀県の高島市で生まれた。20歳を過ぎた頃、ふつふつと沸いてきた「手に職を付けたい」という想い。たまたま知り合いに紹介されたのが、この「美玉屋」だった。
美玉屋を創業した先代の寺井貞雄さんは1912年、大正元年生まれ。佐嵜さんより32歳も年上だ。当時の店はいまとは少々様子が異なり、メインのショーケースには季節の上生菓子がずらりと並んでいたそうだ。後に名物となる「黒みつだんご」もあったはあったが、特に目立つ存在ではなかったという。
「おやっさん(先代)とのことは、すべて印象に残っています。仕事は厳しいけど、人間味のある温かい人。おやっさんの背中と顔を見て、仕事を覚えました」。 代替わりは1979年。先代には跡継ぎがいなかったため、愛弟子の佐嵜さんが跡を継ぐことになったのだ。 「プレッシャーでしたね。和菓子の仕事には自信がありました。でも、経営はしたことがなかったので」。
そんな折、常連の料理人の紹介で「黒みつだんご」が雑誌に紹介されたことで、徐々に売れ行きにも変化が。 「おやっさんから託された店を長く続けるためにも、お客さんから求められる和菓子を作っていこう」。
思わぬかたちでヒット商品となった「黒みつだんご」に「名物」という冠を付け、きなこをたっぷりまぶした団子を、表のショーケースに飾った。

「黒みつだんごは未完成」
真摯に菓子と向き合う
以来、お客さんの反応を見ながら試行錯誤を繰り返してきた。 「私からしたら『黒みつだんご』はまだ完成していない。でも、それは私が手仕事でできる限界まで来たという意味です。最新の機械を使えばもっと大量に作れると思いますが、私はいまの製法を変える気はありません」。
「生地が一番、難しい」と佐嵜さん。昔ながらの石臼で仕上げる生地は、みずみずしく、歯切れがいい。なんでも、季節によって食感を微妙に変えているそう。 舌の肥えた京都の人を喜ばせるのは難しい。でもここまで続けて、やっと認められるように感じている。
「うちは他のお店のようにいわれがないから、お客さん次第。愛想を尽かされたら終わりです。だからこそ、老舗と呼ばれるまでがんばりたい」。
京都の甘党をトリコにしてきた下鴨名物「黒みつだんご」。100年を目指し、その味はこれからも引き継がれていく。

美玉屋
TEL
075-721-8740
ACCESS
京都市左京区下鴨東本町18-1
最寄りバス停
高木町
営業時間
9時半~18時
定休日
火