ニコチンを吸うと糸が風邪を引く
小規模店が続く鞍馬口通、ピカピカに磨かれたガラス張りのドアから、細身の伊達男が現れた。手には一見して上質とわかるコート、画竜点睛を欠いている。あとはボタンを通す穴が開けば完成だ。
店主にコートを手渡して二言三言の言葉を交わすと、店内にミシンの規則正しい音が響き始めた。ほっとしたのだろう、常連らしき男は煙草に火をつけた。
「へんくつやけど、腕はうまい」。
伊達男がそう評するのが、中居釦(ボタン)ホール店店主の中居譲二さんだ。
ダッシュしてユーターン、ダッシュして止まる。専用ミシンは独特のリズムを刻み、コートのボタン穴を縫い上げる。所要時間わずか10分。ちょうど一服が終わった男は、できあがったコートを満足そうに一瞥すると、つむじ風のように去って行った。

多忙なバブル期
強みはスピード
「いちばん忙しかったのはバブルのとき。ラジオで昭和天皇崩御のニュースを聞きながら、朝からお客さんを待たせてサンプルを縫い、夜は10時まで量産品のボタンホールを開けていました」。
市田、ワールド、キング、ロンシャン。繊維産業に強い京都、服飾メーカーのサンプルや量産品の仕上げは、ボタンホール職人の中居さんのもとに集まった。昨今は海外に量産品の生産拠点を移すメーカーも多いが、国産推しのブランドの作り手は鞍馬口通りに今も足を運ぶ。
「うちの強みはスピード。他のボタンホール店ではお預かりが一般的ですけど、うちは5〜10分あれば渡せます」。
いらち(気が短い人)揃いの仕事人とのやりとりで鍛えられた。忙しいときは言葉もきつかったけど、今はもうそんなことないよ。中居さんは歯を見せた。

ひとつの道を進む
いとへんのプライド
中居さんは1948年生まれ。父はオーダーメイドのYシャツ屋を営んでいた。高校卒業後、戦前から続く大阪のシャツメーカー蝶矢シャツに就職、枚方工場で縫いの腕を磨いた。大阪万博の年も、大混雑を尻目に仕事に向かった。
オーダーシャツと既製服がさほど値段が変わらない時代で、実家は繁盛した。25歳のときに父に頼まれ、家に戻る。当時は既製服が一般的ではなく、服を手作りする女性がほとんどで、家庭からもホール空けの注文があった。一緒に働くうち、自然と父はYシャツ、自分はボタンホール専門と分業するようになった。
ボタンホールは糸の色選びが命と、中居さんは話す。店内のカラフルな糸巻はひとつひとつ、手製のプラスチックケースにおさめられている。
「ニコチンを吸うと、糸が風邪を引いて、すべりが悪くなってしまうからね。うちには300種以上の色が揃っているよ」。
中居さんは毅然とミシンに向かう。京都を牽引したいとへん産業を支えてきた職人として、プライドがある。

中居釦ホール店
TEL
075-451-4518
ACCESS
京都市上京区大宮通鞍馬口上ル若宮竪町78-7
最寄りバス停
天神公園前
営業時間
9時半~12時、13時~17時半
定休日
日、祭日