どんな音が出したいの?
早熟な友人の影響で洋楽に触れたのは小学6年生のときだった。ラジオから流れてくるデュラン・デュランやカルチャークラブ。中学生になると今度は小遣いの千円を握りしめ、レンタルレコード店に通った。借りてきたレコードはすべて自宅でカセットに録音。振り返るとそれが、今の仕事の原点だった。
ベースの神様のエールに
音楽で生きていくと決める
烏丸十条にある音楽スタジオ「Mother ship Studio」。縦長の3階建てに楽器を持ったバンドマンが吸い込まれていく。大阪出身で現在54歳。オーナーのラリー藤本さんはバンドのベーシスト。高校で本格的に活動をはじめ、黒人音楽に傾倒。同志社大学入学後は、迷わず、ジャズ・ソウル系に強い軽音楽部に入部した。サードハードオーケストラというビッグバンドを擁する名門として知られる。
「同志社の軽音楽部は、今もプロとして活躍するミュージシャンを輩出しています。僕にとっては音楽の専門学校の代わり。人脈もスキルも、音楽とは何かみたいなことはすべて軽音楽部で学びました」。
そして、転機は20歳のときに訪れた。購読していた音楽雑誌で目にとまった、とあるイベント参加者の募集記事。内容は世界的ベーシスト、ラリー・グラハム氏の来日を記念し開催されるベースコンテストで、テープ審査を通過し関西から唯一決勝にエントリーされ、なんと藤本さんが優勝したのだ。大会で憧れのベースの神様と対面し、直接「ベースを続けろ」とエールをもらった藤本さん。音楽で生きていくことを決意した瞬間だった。


表現したい音を理解して
共に創り上げる
卒業後はバンドを転々としながら、現在も活動中のバンドで、30歳を過ぎてメジャーデビューを果たすも、うわさに違わず音楽業界は甘くなかった。僅か2年で契約終了。生きる道を模索するなかで、メジャー在籍中に得た人脈と制作ノウハウを活かし、同時期に練習スタジオとして開業に漕ぎ着けていたマザーシップスタジオで、レコーディング業務を本格化。十条の3階建ての一軒家を改装し、コントロールルームと必要最低限の業務用設備を新たに整えた。
それから23年。 大友良英や山本精一といった一流のミュージシャンたちが、この一軒家で唯一無二の音を創り出し、そのプロセスを経て、マザーシップはレコーディングスタジオとして成長した。
「とはいえ、レコーディングは初めてという若い方もたくさん来ますよ。『学校みたいなスタジオ』とはよく言われます」。
ちなみに、録音にまつわる作業そのものは、在籍するエンジニアの仕事だ。 藤本さんは先輩現役バンドマンの立場から、若いバンドマンたちへの助言を惜しまない。
「『どんな音が出したいの?』『だったらこうやってギターを弾いたら?』そんな会話から関係性が構築され、いい音楽ができたときが、一番楽しい瞬間です」。
PC上で音楽を制作できる時代に、生身のやり取りを経たからこそ生まれる音はあるはずだと、藤本さんは信じている。

Mothership Studio
TEL
075-681-3836
ACCESS
京都市南区東九条河辺町26-25
最寄りバス停
札ノ辻、地下鉄九条駅前
営業時間
受付12時〜23時
定休日
不定休