自由とは、自分で選択できること
一乗寺のまちに溶け込む小さなタイ料理店、「AOW」。店主の香取寛さんは、常連たちからは親しみを込めて「ヒロさん」と呼ばれる。香取さんの料理人になる前の肩書きは、「旅人」だ。
初めての海外旅行、
帰国はまさかの2年8ヶ月後
香取さんは千葉県出身。高校卒業後、バイトで貯めたお金で服飾専門学校に進学、昼は学校・夜はアルバイトの生活へ。しかし、学費が払えず中途退学する。
23歳のとき。「他の世界を見てみたい」と思い立ち、せっせと貯めた120万円を元手に東南アジアを目指した。その最初の国がタイ。当時は最も安く行ける国だったのが、選んだ理由だ。ただ、行く前は1ヶ月程度で帰ってくるつもりだったが、航空券やパスポート盗難のトラブルが重なり、想定外の長旅になる。
「初めての海外旅行でしたが、日本に帰ってきたのは2年8ヶ月後でした」。
タイにはじまり、マレーシアにインドネシア、カンボジア、そして中国を転々とした。旅先で出会った韓国人に「商売ができる」と聞いた南インドのゴアでは、旅費を稼ぐために自作の巻き寿司を販売。これがうまいと評判になった。
「巻き寿司を初めて作ったんですが、挑戦したらできました。日本を知らない人にも、寿司ならわかりやすいと思って」。
売り上げはすぐさま航空券に姿を変え、放浪は続いた。

居場所は変わらなくても。
子どもと店を持って得た「自由」
そんな想定外の初・海外旅行は、香取さんの人生に大きな影響を与えた。20代後半から30代にかけて、冬はゴアで巻き寿司を作って放浪、所持金が尽きると日本に帰国してバイトで貯金、そしてまた冬になると旅に出るサイクルを繰り返した。日本とは違う文化、地域の人々の暮らしぶりをつぶさに見るのが楽しかった。
そんな暮らしはある日、タイで出会った日本人女性と恋に落ちたことで終わりを告げる。結婚し子宝にも恵まれ、女性の実家がある京都に移住し、店をオープンした。それが香取さん35歳のとき、「AOW」のはじまりだ。しかしその後、ふたりは離婚。今は香取さんがシングルファーザーとして2人の子どもを育てながら、ひとりで店を切り盛りする。

「フラフラしていたけれど、子どものおかげでひとところに居られるようになりました。子育てをしていると、自分自身も成長している感じがあるんですよね」
あんなに好きだったのに、もう10年以上旅をしていない。代わりに今は子どもと店が楽しくてたまらない。今が楽しい理由は「自分は自由だから。自由って、自分で選択ができることだと思います」。
香取さんは、旅も、子育ても、自分が望むことを選択、決断してきた。その自由は、今も変わらない。
「AOW」は12年目。「大好きな東南アジアと同じ匂いがする」一乗寺に根を張る。

AOW
TEL
075-286-4038
ACCESS
京都市左京区一乗寺払殿12-17-1
最寄りバス停
一乗寺高槻町、高野
営業時間
ランチ 11時半~17時(金土日~16時)
ディナー 17時~22時(金土日)
定休日
木