「イートインの和菓子はきわどい配合で」。
桂大橋の西側、炭色の瓦屋根、昔づくりの店構えに響く「麦代餅(むぎてもち)4つ、かつら饅頭4つ、お団子5つ」の声。売り子の白い手がめまぐるしく行き来し、目当ての餅が一所に集まる。包みがくるまれるのを横目に、緋色(ひいろ)の毛氈(もうせん)に浅く腰かけた男が、汗をかいた麦茶に口をつけた。
登場人物の風俗こそ違えども、一世紀前と変わらない光景。ここが中村軒だ。

焼き鳥屋の閉店で店を継ぐ決意
創業明治16年(1883)。5代目当主の中村亮太さんは、親から直接店を継げと言われたことは一度もない。きっかけとなったのは、ある出来事だ。
「木屋町にあった『さんかく』という焼き鳥屋が好きで、大学のときしばしば足を運んでいました。ご夫婦で経営しておられたのですが、結局跡継ぎがいなくて閉店したのです。そのショックといったら! 男泣きに泣けました」。
同時に中村軒に和菓子を求めて訪れる、顔見知りの客の顔が浮かんだ。中村家の2人兄弟、どちらかが継がなければ、お客さんに自分と同じ思いをさせてしまう。
酒が好きで朝が苦手な弟よりも、長男で甘党の自分のほうが和菓子屋に向いている。大学を卒業後、東京で修行したのち、中村さんは実家に戻った。

薪炊きで味を守り、イートインで攻める
工夫が結果につながるのが、飲食業のおもしろさだ。ちょっとでもおいしくなるように、仕入れ先を吟味して、味を守る。試作を重ね、新作を生み出す。
中村さんは経営者の立場になり、店の味を守る難しさを実感している。 たとえば、薪(まき)で炊くあんこだ。中村軒では「あん場さん」と呼ばれる専門職人が、かまどにつきっきりで火加減を見る。時代が変わっても、製法は簡単には変えられない。
「効率が悪いですから、経営コンサルタントが見たら、真っ先に『薪はやめてガスにしなさい』と言うでしょう。でも、工程をはしょると味が落ちる。いいものをつくるには、手間がかかるんです」。 古くからの味を守る一方、中村さんが攻めるのはイートインだ。中庭を囲む奥座敷やテーブル席で、中村軒のすべての和菓子を注文できる。
「時間が経つと、餅はどうしても硬くなる。その場で召しあがるイートインなら、配合のきわどさで攻められるんです」。
定番の和菓子・麦代餅。添えられた黒文字(くろもじ)で切ろうとすると、手で持って召し上がれと店主に勧められる。どっしりとした重みがある白い餅、二つ折りで挟まれるのはあっさりとした粒あん。
腹もちがいいのは、農作業のあいまのおやつに、お百姓さんに長く親しまれてきたから。餅に麦が入っているわけではなく、お百姓さんが麦を代金として支払ったエピソードが、その名の由来だ。
素朴な餅菓子だ。頬張ると、青い麦畑が脳裏にどこまでも広がっていく。


中村軒
TEL
075-381-2650
ACCESS
京都市西京区桂浅原町61
最寄りバス停
桂大橋
営業時間
8時半~17時、茶店(テイクアウト含)10時半~17時(L.O.)
定休日
定休日:水(祝日は営業)