自分には、自分の道がある
ギリシャ神殿をモチーフにしたファサードは、古い下町の大宮松原では際立っている。2000年に開館した「遠藤剛熈美術館」。収蔵点数はおよそ2000点。今や90歳、自然を描き続けた画家・遠藤剛熈の画業を記録する美術館だ。

戦時中も描き続けた少年時代
才能が開花し、画家の道へ
第二次世界大戦が勃発する4年前、1935年に菓子問屋の長男として誕生した遠藤剛熈さん。物心がついた頃から絵を描くことが大好きだった。「それも画用紙だけじゃ飽き足らず、家の床から襖まで描きまくって。変な子やった」と笑う。
戦時下、父親の故郷である疎開先の新潟でも絵に対する興味が尽きることはなかった。10歳で終戦を迎え、京都へ戻った。郁文中学校(現洛友中学校)を経て堀川高等学校に入学。
画家を目指していたわけではないが、入学祝いに父から贈られた油絵具をきっかけに本格的にのめり込んだ。様々な美術コンクールに出品、10代で連続入選、連続受賞。京都新聞には「天才少年」という文字が踊った。東京の武蔵野美術大学へ進学。順風満帆のようだが、遠藤さんの心中は複雑だった。
遠藤さんは、色使いに加えてデッサンの正確さが高く評価されていた。「でも、周りを見渡すと売れている画家は有名大学に入り、画壇で成功した人たちばかり」。本質とはかけ離れ、金と学歴主義に陥っている美術界に猛烈な違和感を感じたのだ。雑誌では誰もが知る著名な画家と並んで紹介されたが、そんな美術界で評価されることにも反発があった。

美術界との決別。目指したのは、
セザンヌとゴッホのような魂の画家
「その道を行ってはいけない」。そう叫ぶ心の声に従い、遠藤さんは京都に戻ることを決意。28歳で帰京して魅了されたのが、京都の自然、そして南禅寺の風景だった。僧侶と寝食を共にしながら30年間、寺の風景を描き続けた。遠藤さんにとって、美術界という世俗から離れる祈りの行為だったのかもしれない。
「画壇は権力、画商は金。僕はそう思っていた。誰からも見向きされなくなっても、権威ある画壇よりもセザンヌとゴッホがよかった」。
世間に評価されなくても、自分の絵を描き続けて生涯を閉じたセザンヌとゴッホに、自分を重ねる遠藤さん。その絵を高く評価する画壇や画商からの誘いはすべて辞退した。65歳で誰もが作品を鑑賞できる私設美術館を建設した。
時は流れ、90歳になった今も精力的に制作を続ける遠藤さん。10年ほど前から取り組んでいるのが、白い油絵具を使った作品だ。「いろんな色を使ってきたけれど、最終的に白と黒にたどり着きました」。白黒はギリシャ彫刻や東洋美術の出発点。いわば原点回帰の作品だ。
「自分には、自分の道がある」。
遠藤剛熈という魂の画家。ぜひとも足を運び、その生き様に触れてほしい。

遠藤剛熈美術館
TEL
075-822-7001(要予約)
ACCESS
京都市下京区高辻猪熊町349
最寄りバス停
大宮松原
開館時間
10時〜17時(入館は〜16時半)
休館日
月(祝日の場合は開館、翌日休)
料金
一般800円