ライター・エッセイストのさとゆみ(佐藤友美)が書く「京都人じゃないからこそ感じる京都の魅力」。 京都と東京、2つの都で2拠点生活をする、京都歴8ヶ月の新参者が送る新連載「よそものだけど、大好きです」第2回。
普段は東京に住んでいる。京都に滞在するのは、月に1週間ほどだ。
入居した6月は、ご近所さまにご挨拶をし、家具を組み立てるだけで終わってしまった。暮らしに必要なこまごまとしたものは、次にまた来るときに揃えようと、後ろ髪引かれる思いで京都をあとにした。
新幹線の中で「そういえば、引っ越しのご挨拶をちゃんとしたのはいつぶりだろう」と考えた。
地元は北海道だ。親が転勤族だったこともあり、これまでに、15回の引っ越し経験がある。今回は2拠点生活なので引っ越しではないけれど、「ご近所へのご挨拶、どの範囲まで行くべきかな」と考えたのは、久しぶりだった。
東京では最近、引っ越しの挨拶はしないほうが礼儀だという人もいる。プライバシーを考えたら、人様の玄関先に立つこと自体、失礼だという人もいるのだ。
そんな東京の淡白な人付き合いが、嫌いではない。
私が生まれ育った北海道の町はほんとうに小さく、小学校の教員だった父は同じ学校で教鞭をとっていた。
学校で忘れ物をしたら、その日のうちに父にバレるし、彼氏ができて手を繋いで歩けば、夜には両親の耳に届いていた。
東京の大学に進学した後も、たまに帰省したら、「ゆみちゃん、帰ってきてるんだって?」と、近所のおばちゃんたちから、じゃがいもだの、にんじんだのが届けられる。それは嬉しいことではあったけれど、その密度が学生の私には息苦しく感じた。
私のことを誰も知らない場所で、深く呼吸をしたくて、就職は東京に決めた。
*
京都に家を借りてから2度目の滞在になる、昨年の7月。
私は東京から一番お気に入りの花瓶を持って行った。花を飾ると、その場所が「自分の場所」になるような気がしたからだ。
近所のお花屋さんで、トルコ桔梗とかすみ草を買おうとした。すると、「かすみ草はこの時期、あまり日持ちしませんから、代わりに白のスターチスはどうでしょう」と、優しそうなご主人が、提案してくれた。
ご丁寧にありがとうございますと伝え、おすすめの花をいただく。東京の半額だった。この猛暑なのにシャンとしている。
「お花、綺麗で嬉しいです」と言ったら、おかみさんが「また、どうぞ」とにっこり笑ってお釣りをくれた。
外に出たら、ぶわっと汗がふき出す。この暑さにも慣れるかなと空を見上げながら、のんびりと歩いていたら、突然、「佐藤さん!」と声をかけられた。
このあたりに知り合いはいない。驚いて振り返ると、先ほどの花屋のご主人だった。
「ああ、よかった! やっぱり!」と、ご主人は言う。「先月お引っ越しのときにご挨拶いただいた、◯◯です」とおっしゃった。 ああ、だからか。どこかでお会いしたような気がしていた。それは先方も同じだったようで、「お顔に記憶があると思ったんです。女房と話していて、わかりました」と、おっしゃる。
そして、呼び止めたのはほかでもない。佐藤さんが不在の間、エアコンがついたり、消えたりしていたみたいです。室外機が動いたり止まったりしていましたよと、教えてくださる。
そうなのだ。
私、前回京都を去るときに、うっかりエアコンのタイマーを作動させたまま出てきてしまったらしい。今日、玄関を開けた瞬間「え? 涼しい!」となって、その失態に気づいた。
それを、わざわざ追いかけてきて教えてくださった。「電気代、もったいないと思ったから」と話す、その距離の近さと優しさが懐かしかった。ああ、これは、北海道で近所のおじちゃんやおばちゃんからもらっていた優しさだ。
お礼を伝えると、「困ったことがあったら、なんでも話してくださいね」と、おかみさんが言ってくれた。
以来、京都にくると最初に寄るのがその花屋になった。
この一帯のホテルや料亭が顧客だというその店は、創業100年を超えるという。Googleマップにも載っていないその店内には、いつ行ってもみずみずしい旬の花が並ぶ。
先日、この花屋で見かけた花を飾りたいと思って、一回り大きな花瓶を買った。
店で黄色の花を指差したら、オンシジュームだと教えてくれる。「別名、ダンシングレディと言うんです」とご主人が言う。女の人がドレス姿で踊っているみたいだから、とのこと。そして、「これはおまけ!」と、お花を足してくれた。

家に戻って、新しい花瓶に挿す。ぱっと部屋が明るくなる。
ふふふ。ダンシングレディか。
私も踊りたい、気持ち。
よそものだけど、大好きです。
100年続くお花屋さん。そのご主人とおかみさん。
その花を100年買い続ける、街の人たち。


ライター・エッセイスト
佐藤友美(さとゆみ)
PROFILE
1976年北海道知床半島生まれ。テレビ制作会社のADを経て、ライターに転向。現在は、様々な媒体にエッセイやコラムを執筆する。
著書に『女の運命は髪で変わる』(サンマーク出版)『書く仕事がしたい』(CEメディアハウス)『ママはキミと一緒にオトナになる』(小学館)など。
2025年夏より、京都と東京、2拠点を行き来する。