人によって、左右の足によって。
タップの音に個性があるんです。
日暮れ時、出雲路橋の東側にある住宅街で耳を澄ましてみてほしい。防音壁の向こうから、キレのいいリズムが聞こえてくる。スタジオの扉を開くと、あふれだす熱気。額に汗を浮かべ、老若男女のダンサーが懸命にステップを踏んでいる。
「ワンツー、ワンツースリーフォー!」。
鏡の前で声をかけるのは、83歳の現役タップダンス指導者、小桜瑠美さんだ。

指導方針は明快。「タップが好きで、一生懸命してくださったらそれでいいのです」。
東宝ダンシングチームから
大映京都撮影所の女優に
小桜さんは昭和8年(1933)生まれ。父親は河原町丸太町で文化教室、今でいうカルチャーセンターの経営者だった。講師はチャップリンの影響を受けたコメディアン、泉和助(いずみわすけ)さん。中学生の小桜さんはタップダンスに夢中になった。
「平安女学院中学にタップシューズで通っていました。タップの足音だから、遅刻すると私だってすぐバレちゃうのよ」。
卒業後、昭和24年(1949)東宝ダンシングチームに入団。日劇や松竹歌劇団の先生がいて、のびやかな雰囲気だった。タンゴやルンバ、ジルバやマンボ。リズムはすべてこのときに教わった。
18歳で大映京都撮影所の試験に合格し、女優になる。1950年代は日本映画の全盛期。松竹、東宝、大映、東映ら大手配給会社が大量生産体制を敷いた時代だ。
芸名「小桜瑠美」の名付け親は、短髪の男装で一世を風靡した女優、水の江瀧子(みずのえたきこ)さんだ。
「私はターキーさん(水の江さんの愛称)の後ろで、群舞で踊っていました。名づけを快く引き受けてくださりました」。
当時、大映の撮影所は太秦にあった。小桜さんには悩みがあった。
「女優のかたわら、河原町丸太町の父の教室でタップダンスを教えていたんです。撮影所では時間が長引くのが当たり前。太秦から丸太町まで大急ぎで移動するのですが、生徒さんを待たせてしまうのが心苦しくてなりませんでした」。

娘もタップの指導者に
一筋に、ひたすらに
結局、小桜さんは20歳で女優を辞めて、タップダンス一筋に絞った。24歳で写真家と結婚、男女2人の子どもに恵まれる。娘の弘子さんは、スタジオでともに指導をするタップダンサーに育った。
「タップの音にも個性があるんです。同じように踏んでいるのに、人によっても、左右の足でも強弱が違います」。 この70年、ただ一筋にひたすらに。タップダンスに打ち込んできた。
「リズムがはっきりして、メロディがいい曲を聴くとイメージが湧いてきて、嬉しくなっちゃう。ちっとも飽きません」。話の合間、歩きながら。小桜さんは体のリズムとして、ステップを踏む。4年前に背中を骨折したが、足は止まらない。
タップダンスの神様に、骨の髄まで愛された人生。小桜さんの年季の入ったステップを見ていたら、目から涙が出てきた。感動しているのだと、しばらくして気づいた。

小桜瑠美タップダンススタジオ
TEL
090-7766-8997 / 090-8161-3399
ACCESS
京都市左京区下鴨宮崎町3-16
最寄りバス停
出雲路橋
営業時間
レッスン日:水・土13時~、14時〜、火・木・土16時半〜(KIDS、火のみ)17時45分~、19時〜、(見学は要予約)
定休日
月・金・日